2話

「きゃっ、こっち見たわ!」

「こわーい。私たちなにもしていないのに」

「ねえ、もう行きましょう? 目が合ったら無能神がうつるわ」


 ――無能神がうつるってどういうことよ!!


 と文句を口に出すより先に、少女たちは笑いながら走り去っていく。

 残された私は、やり場のない怒りに奥歯を噛みしめるほかになかった。


 ――そうね、神殿ってこういう場所だったわね!


 かつては私も、聖女を目指して神殿通いをしていたから知っている。

 神殿も、聖女を志す人間たちも、誰もが心清らかなわけではない。


 聖女とは、この国における特別な存在だ。

 大いなる力を持ち、国を守る神々にもっとも近いもの。

 神々に愛され、神々に意見することが許され、神々から加護を分け与えられた聖女は、王家でさえも軽視することはできない。


 ゆえに――権力を求める人間たちが、こぞって目指すのが、聖女というものだった。


 ――ほんっと、ドロドロしていたわ! 特に女社会だから、なおさら!


 正確に言えば、実のところ聖女の中には男もいる。

 というか、神様が全員男性とは限らないのだ。

 女神もいれば、性別を持たない神様もいる。そもそも私の神様――クレイル様みたいに、人間と同じ姿をしていない方も、少数ながら存在する。

 まあでも、聖女も聖女候補も、女性の方が圧倒的に多かった。


 そんな女の園に、権力競争まで加われば、地獄絵図になる他にない。

 嫌がらせに足の引っ張り合い、派閥争いもなんのその。

 神官たちも見て見ぬふりで、泣きながら神殿を去る少女たちが跡を絶えなかったものだ。


 ――それでも、聖女に選ばれるのは清らかな心の持ち主だと思っていたわ。


 聖女の条件は、神様の持つ神気に耐えられるだけの魔力と、清らかな心を持っていることである。

 他人を思いやり、国の人々のために祈ることのできる人間でなければ、聖女になれないのだ――と、言われていた。


 おかげで、魔力不足で挫折した私はずいぶんと馬鹿にされたものだ。

 そりゃあ、私だって自分が清らかな性格ではないと自覚している。

 悪口や文句だって言うし、他人を妬んだり恨んだりするし、国のために犠牲になれって言われたら即刻お断りするくらいには自分が可愛い。


 でも、他人に言われると腹が立つ。

 特にアマルダが聖女になってしまってからは、「うちの娘と違ってアマルダは性格がいいからな」なんてことを、父は平気で言うのだ。

 思い返してもムカムカする――というのは置いておいて。


 ――あとで覚えていなさいよ!


 少女たちが消えて行った廊下の先を睨みつけ、私はぐっとドレスの裾を握りしめる。


 ――そんなのだから、神様の部屋で一緒に暮らせないのよ!!


 そのままぎゅっと濡れた裾を絞りながら、自分のことも棚上げにして、内心でそう叫んだ。


 この時の私はまだ、こんなことをするのはあの聖女たちだけだと――。

 神殿の他の場所は、もう少しくらいは清らかなのだと、勘違いしていたのだ。

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