2章
1話
――とにかく、まずは掃除をしないとはじまらないわ!!
不本意な聖女代役就任の翌日。
私は神殿内に用意された自分の部屋で、ぱちんと頬を強く叩いた。
この代役がいつ終わるのかとか、これからの生活への不安は置いておいて、まずはなんにしても、神様の住まいを清めなければならない。
あれやこれや考えるのはそれからだ。
実際、今の私があれこれ考えたところで、できることはなにもない。
婚約者がいることは神殿にも話してあるので、あとは父の「なんとかする」という言葉を信じて待つばかり。
それに婚約者本人には事情を説明した手紙を送っていて、彼からも神殿に働きかけてくれるよう頼んでいるところだ。
神殿の説得は一筋縄ではいかないだろうけど、こっちだって腐っても伯爵家。まったくの無力ではない、と思う。
気弱な父だから不安だけど。
それでも難しいようなら、最悪は姉に頼るという手もある。
せっかくアマルダから自由になった姉に、これ以上余計な世話をかけたくはないけど……本当にどうしようもなくなったら、泣きつかせてもらおう。
なんにしても、父から連絡をもらうまでは現状維持。
神殿でアマルダの代役をするしかないのである。
――悩んでいたって、状況が改善するわけじゃないわ。というか今の状況だと、悩むより手を動かせって感じでしょう!
手を動かせば、少なくとも神様の部屋は、物理的に状況が改善できるのだ。
昨日一日ではまったく掃除が終わらなかったので、今日はその続きをするのみである。
――私の方もたいがいだけど、神様の方がもっと状況が悪いもの。せめて代役を解消する前に、少しくらいは生活環境を整えてあげたいわ。
あの体でどう生活するのか、知らないけど!
まあ、部屋をきれいにして困ることはないはずだ。
窓を拭けば、あの湿っぽい部屋にも少しは日が差し込むだろう。
――掃除したあとは、ボロボロの家具を片付けて、新しいものにしないと。……というよりも、そもそもあの部屋、どうして家具なんてあるのかしら?
だって、神様はあの姿だ。
どろどろ地面を這う神様が、椅子やテーブルなんて使うだろうか。
――聖女用かしら? 神様と親しい聖女は、神様と同じ部屋で暮らすものだし。
なにせ夫婦だし。
神殿には聖女用の宿舎があるけれど、本来ならば聖女は神様の部屋に寝泊まりする。
もしくは、位の高い神様であれば、神様自身の部屋の他に、聖女用の部屋が近くに据えてあったりもする。
つまり、この宿舎の自室に寝泊まりする聖女は訳ありばかりだ。
神様と上手くいっていなかったり、聖女ながら神様に拒絶されていたり。
そういう場所だから――――。
扉を開け、部屋から外に出た途端。
ばちゃん、と空から水が降ってくる。
わけもわからずずぶ濡れになりながら、私ははっと周囲を見回した。
「見て、ほら、あれが例の『無能神』の聖女よ」
「あら、ご主人様に似て泥臭いこと。見てあのお顔、泥っぽさがお似合いだわ」
「運悪く水の精霊の真下を通ってしまったらしいけれど、ちょうど洗い流されて良かったのじゃないかしら?」
少し離れて、くすくすと笑う少女たちの姿がある。
顔を上げれば、薄青く色づいた光の粒――水の精霊たちが、慌てたように逃げていくのが見えた。
――――陰湿!!
ぽたぽた前髪から水を滴らせ、私は少女たちを睨みつけた。
この宿舎は、聖女の中でも立場のない、訳ありばかりが集まる場所。
なので、こういうことも少なくないのだ。
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