11話 ※聖女視点

 アマルダ・リージュは幸せだった。

 貧しい男爵家の生まれ。だけど優しい伯爵家の人々に助けられ、多くの人がアマルダの味方になってくれた。

 自分に向けられた数多の愛情に、アマルダは感謝している。

 両親、クラディール伯爵、その長男に、親友のエレノア――。


 ――ときどきは、なにもしていないのに恨まれることもあるけれど。


 思い出しても悲しい、エレノアの姉・マリオンのこと。

 エレノア同様に親友だと思っていたのに、彼女はまったく理由もわからずアマルダを嫌い、去って行ってしまった。


 ――いいえ、理由がないわけではなかったわ。


 彼女は、アマルダに婚約破棄の責任を被せて、逆恨みをしていたのだ。

 アマルダはただ、マリオンの婚約相手から相談に乗っていただけなのに。


 その後の彼女の恋人――公爵もそう。

 アマルダにはそんな気はなかったのに、マリオンは勝手に『公爵も奪おうとしている』と勘違いしてしまった。


 ――かわいそうな人。自分に自信がないのだわ。


 憐れみを込め、アマルダは小さく首を振る。


 ――他人を恨むことしかできない、悲しい人。今後もきっと、誰かを逆恨みして生きていくなんて、寂しい人生ね。


 だけどアマルダは、そんな相手にさえ幸せを願ってやれる。

 伯爵家の娘が公爵と――なんて驚いたけれど、今となっては昔のこと。

 公爵程度の相手で満足して、身の丈に合った幸せを見つければいい。

 アマルダは素直に、心からそう思う。


 ――みんな幸せになればいいわ。マリオンちゃんも、エレノアちゃんも。


 どうでもいい記憶を隅に追いやり、アマルダは顔を上げた。

 神殿の中でも、贅の限りを尽くされた極上の一室。

 最高神グランヴェリテの住まう部屋の中で、彼女は目の前の存在に目を細める。


 陽光のように輝く金の髪。

 同じ色をした、人を惹きつけるまばゆい瞳。

 顔立ちは男性にしては柔和だが、女性にしては鋭い。

 男女双方の美しさをすべて集めたようなその姿は、見るもののすべてを魅了する。


 彫像でさえ作り上げることのできない至上の美貌に、アマルダは知らず、ため息を吐く。


 ――私も、幸せになるから。


 最高神の腕にそっと手を伸ばせば、彼は拒むこともなく受け入れてくれる。

 身を寄せ、もたれかかっても、嫌な顔一つしない。

 これも、アマルダのことを聖女として認めてくれているからこそだろう。

 他の誰かが同じことをしたら、きっと天罰が落ちるに違いない。


 ほとんど言葉も話さず、表情も変わらない最高神に、アマルダは満足していた。

 なにごとにも動じないのは、いかにも超然とした神らしい。

 そんな最高神に選ばれて、アマルダは幸せだった。






 アマルダ・リージュは、自分が最高神に選ばれるために、神官たちがなにをしたかを知らないし、知るつもりもない。

 なぜなら神託を聞くのは神官の領分であり、アマルダには関係のないことだからだ。


 たとえ、無能神に選ばれたことがショックで、神官たちの前で泣き出したことが原因だとしても。

 アマルダに心寄せる神官たちが、必死で偽りの神託を作り出したのだとしても。


 アマルダはあくまでも、ただ『驚いて泣いてしまった』だけ。

 後のことは、すべて『神官たちが勝手にやったこと』にすぎない。


 アマルダはなにもしていない。

 悪いことをした覚えもないし、いつも誰かのためを思っている。


 悪意なんて、彼女の中にはどこにも存在しないのだ。




「……グランヴェリテ様」


 重ねた最高神の指の先に、小さな黒い染みができていることに、アマルダは気が付かなかった。

 それが、あの無能神のまとう穢れに似ていることにも。






(1章終わり)

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