10話 ※神様視点

『――化け物! 化け物化け物化け物!!』


『いや! 近寄らないで! 誰か助けて!!』


 ……自分は、化け物ではない。

 そう声をかけることが無意味だと、いつから思うようになっただろう。


『無能神! おーい! こっち向けよ! オラ!!』


『あいつ、石をぶつけたら悲鳴を上げるかな? おい、当てっこしようぜ!!』


 ……やめてくれ。

 そんな言葉も届かないのだと、気が付いたのはいつごろだっただろう。


『無能神? あれは神なんかではなかろう。ただの神殿の『お荷物』だ』


『侯爵令嬢が無能神に選ばれてしまった? ……侯爵家との関係を悪化させるわけにはいかん。その神託は『誤りだった』。いいな?』


 神殿に信仰が失われていることを知ってから、どれほど経っただろう。


 そのころには、もう手遅れだった。

『彼』の記憶は大半が抜け落ちて、自分が何者だったかさえも思い出せない。

 元の姿も失われ、醜い汚物のような体に変わり果てていた。


 彼にわかるのは、ただ己の体が、人々の穢れや災厄を肩代わりしているのだということだけだった。

 きっと自分は、そういう役割の神なのだろう。

 ろくな力もなく、他の神々のような属性も持たない。穢れを受け止めるだけの存在なのだ。


 だけどその役割でさえ、もう限界が来ていた。

 彼の体は穢れを溜めすぎてしまったのだ。


 身に余るほどの穢れを集めた神は悪神へと堕ち、人々に災厄を振りまく存在となる。

 元の神の力が強ければ強いほど、その災厄は大きなものとなってしまう。


 ――私程度の神では、たいしたことにはならないだろうが。


 ……きっと、一人、二人くらいは巻き込んでしまうかも知れない。

 それを悲しむと同時に――喜ぶ気持ちが芽生え始めている。

 人間たちが己を見て、怯え、嗤い、蔑むたびに、その気持ちが増していくのがわかる。


 あの親切なアドラシオンという神は、そんな彼を必死に救おうとしていた。

 聖女が――彼の穢れを受け止める相手がいれば、悪神に堕ちるのを止めることができる、と。


 ――いいや。だけど無意味だ。


 誰が来たところで、彼を前にすれば悲鳴を上げて逃げるだけだ。

 あるいは遠巻きに罵倒し、石でも投げつけるだろうか。


 彼はもう、人間に期待することをやめていた。

 静かに、穢れの中に呑み込まれることだけを待っていた。


 陽の当たらない暗い部屋。

 人間の訪れない静かな部屋。

 空虚な『さみしさ』の中、あとは終わりを迎えるだけだったのに――――。


『――――神様!』


 少女の声が耳に響く。

 明るく素直で、少し正直すぎるくらいの声。


『神様、いじめられていませんか!!??』


 人間と話をしたのは久しぶりだった。

 笑ったのは、もっと久しぶりだった。


『だって神様、ぽやっとしたところがおありだし』


 この醜い姿を見て逃げ出すこともなく、石を投げるどころか『いじめられている』と心配する人間に会ったのは、彼にとって初めてのことだ。

『ぽやっとしている』なんて言ったのも、彼女以外にはいなかった。


『――今は、あなたの聖女ですから』


 彼女の声は、『さみしさ』の中に差す光だった。

 暗い暗い闇の底。悪神に堕ちる寸前で見つけてしまった――。


『私はしょせん、代役ですけどね』


 神らしからぬ、昏い欲望だった。




 ――一時的? 代役? …………いずれはいなくなる?


 いや。

 いいや。




 ――――――手放したく、ない。

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