18話

 アマルダが神官を連れていなくなり、野次馬も散り散りに去って行ったあと。

 ちらほらとまだ人の行き来する食堂の前で、私とリディアーヌは人目もはばからずに言い合っていた。


「この、お馬鹿! エレノア、あなた本当に馬鹿だわ! あんな簡単に挑発に乗って、どうするつもりよ!!」

「どうもこうも、無実を証明するしかないじゃない! 言っちゃったんだから仕方ないわ!」

「やってないことの証明なんてできるわけないでしょう! できもしないことを宣言したって、あなたわかっていて!?」

「でも、私がああ言わなかったらリディが犯人扱いされたのよ!!」


 ぎゃーぎゃー言い合う私の横では、マリとソフィが相変わらず頭を抱えている。

 放っておいて先に食堂に行ってもいいのに、残ってくれているあたり、なんだかんだ律儀な二人だ。

 なんて考える私に、リディアーヌはさらに言い募る。


「あれくらい、わたくし一人でなんとでも切り抜けられてよ! 余計なことをしないでちょうだい!!」

「はあああ!? 切り抜けられる!? 本気で言ってる!!??」


 ツンと胸を張るリディアーヌに、私はぎょっと目を見開く。

 売り言葉に買い言葉――ではなくて、本気で驚いた。

 一方的にしてやられていたくせに、よくも堂々と言えたものである。


「リディにそんな器用なことができるわけないじゃない! アマルダにだって、あんなコロッと騙されてたくせに!」


 それも、私が忠告したにもかかわらず、だ。

 切り抜けるどころか、完全に自分から嵌められに行っているとしか思えない。


「アマルダの本性にも気が付かないで、親友にまでなっておきながら、どこからその自信が来るの!?」


 思わずリディアーヌに詰め寄れば、彼女は不愉快そうに眉間にしわを寄せた。

 図星を指されて罰が悪い――という表情には見えない。

 むしろ、どこか呆れた色さえも浮かんでいる気がする。


「……あなた、わたくしをなんだと思っているの」

「えっ」


 ツンデレ単純お人好し。

 とは言えずに黙る私に、リディアーヌは息を吐く。

 相当に呆れているのか、先ほどまでの勢いも失せ、かえって落ち着いているように見えた。


「わたくし、自分からアマルダの親友だと名乗った覚えはなくってよ」


 え、と私はもう一度口にする。

 だって、二人の仲は神殿でも有名だった。

 序列一位の聖女と、二位の聖女。互いに支え合う親友同士。神官たちは口々に褒めたたえ、聖女たちは憧れのまなざしで見ているとか、いないとか。


「あちらが勝手に喧伝していただけ。もっとも、わたくしもあえて否定はしなかったけれど。アマルダ・リージュはあれでもグランヴェリテ様の聖女で、神殿の有力者だもの。付き合っておいて損する相手ではないでしょう?」


 瞬く私に、リディアーヌは淡々と告げる。

 もとより冷たさのある美貌が、今はいつもに増して冷たかった。


「要は処世術よ。実際に接してみれば、付き合い方も難しくはなかったわ。子供みたいな相手だから、とにかく甘やかして、機嫌を損ねないようにすればいいだけ。以前はロザリーが付いていて私の悪評を吹き込んでいたみたいだけど、今はそれもないから、むしろ扱いやすいくらいね」


 そう言うと、リディアーヌはふっと冷淡な笑みを浮かべる。

 らしくもない――と思ってしまう私の方が、きっと間違っていたのだろう。


「わたくし、これでも公爵家の人間よ」


 意外さに呆ける私の目の前。

 彼女は高慢そうに――それでいて、誇り高く胸を張る。


「人の扱い方は心得ているつもりだわ。本音を隠して、上手く人と付き合う方法もね」


 風が吹けば、リディアーヌの黒髪がさらりと流れる。

 こんな食堂前の一角なのに、彼女の姿は目を奪うほどに美しい。

 陽光にも劣らず眩しい彼女に、食堂へ向かう人たちでさえ、思わず足を止めるほどだ。


 が。


「……へえ」


 私の口から出たのは低い声だった。

 当然である。


「そんなご立派な公爵令嬢様が、それならどうしてこんなことになったわけ?」


 リディアーヌの言い分に、素直に納得できるわけがない。

 なにせ実際に、彼女はアマルダと仲違いをしたのである。


 ――なにが『人の扱い方は心得ている』よ。


 難しくない、なんて評した相手に、公衆の面前で弾劾されたのだ。

 扱いやすいどころか、逆にいいようにやられているではないか。


「…………」


 私の視線を前に、リディアーヌは口をつぐんだ。

 そのまま、彼女にしては珍しく、逃げるように視線を逸らす。


 だけど、こっちは逸らさない。

 私たちの傍で成り行きを見守っていたマリとソフィも訝しげな目を向ければ、都合三人。

 胡乱な六つの目に晒されて、リディアーヌは「うっ」と小さくうめいた。


「……それは」


 リディアーヌは口ごもる。

 言い訳を探すように一度目を伏せ、そっと無言の私たちを窺い見て、それから彼女は再びうつむいた。

 言いにくそうな口は引き結ばれたまま、両手が固く握られている。


「それは…………」


 三人にじとりと見つめられる中、リディアーヌは絞り出すような、かすれた声を上げた。


「…………からよ」


 ぼそりと告げたらしい言葉は、だけど風にかき消されるほどに小さくて、少しも聞き取れない。

 下を向く彼女を見つめながら、私は訝しさに眉をひそめた。


「なに?」


 思わず問い返せば、彼女の肩がびくりと震える。

 続けて聞こえたのは、先ほどよりもずっと鮮明な声だ。


「だから……!」


 苛立ったように言うと、リディアーヌは顏を上げる。

 ギッと私を睨むその表情に、先ほど見せた冷淡さはかけらもない。

 普段の取り澄ました様子さえも見せず、彼女は怒りと――たぶん、それ以外の感情に頬を赤くして、こう叫んだ。


「あの子が、あなたの悪口を言ったからよ!!」


 …………はい?

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