19話

 リディアーヌ曰く。


 彼女がアマルダと上手く付き合っていたのは、本当のことらしい。


 最初に『意外といい子』と感じたのは事実。

 アマルダは基本的に愛想がよく、初対面の相手にもニコニコと笑顔を絶やさない。

 控えめながらも物怖じせず、誰とでも打ち解けられるのはアマルダの才能だ。


 付き合っていくうちに、言動に違和感を覚え始めたものの、そのころには扱い方も心得ていた。

 アマルダは、自分が否定されることを嫌う。

 自分を悪く言う相手を悪人扱いし、いかにも自分が被害者であるとふるまう一方で――否定さえしなければ、むしろ扱いやすい人間なのだ。

 アマルダの言葉を否定せず、矛盾の指摘をせず、心意気を褒めさえすればいい。

 失礼なことを言われても、理不尽なことを言われても、腹を立てずに受け流せば、それだけでよかった。


 内心なんて関係ない。

 ただ、見せかけでも殊勝な態度さえ取り続ければ、アマルダとは上手くやれたのだ。


 ……殊勝な態度を、取り続けることができるのであれば。


「――――この」


 リディアーヌから聞いた事情に、私は息を吸い込んだ。

 食堂前、上天気の空の下。

 胸いっぱいに満たした空気を――私はそのまま声に変えて吐き出す。


「バカ――――!! あなた、ほんっとうに馬鹿! なにが『公爵家の人間』よ! そんなことでアマルダと仲違いしたわけ!?」


 思わずリディアーヌの肩を掴み、私は声の限りに叫んだ。

 ここ数日間のわだかまりも馬鹿らしくなってくる。

 やっぱり彼女、単純猪だ!


「そんなことってなによ! あの子がなにを言ったか知らないくせに!!」


 しかし、彼女も負けじと言い返してくる。

 怒ったように両手を握りしめ、彼女はぎろりと私を睨んだ。


「あの子、あなたのことを『かわいそう』なんて言ったのよ! 他にも、はっきりとした言い方ではないけど、もっとひどいことも!」

「受け流しなさいよ、それくらい! こっちはあの子と幼馴染で、慣れっこなのよ!?」


 どうせ、『母親がいなくてかわいそう』だとか、『父親が娘を差し置いて自分にばっかり夢中でかわいそう』だとか、『私はすぐにできたのに、ノアちゃんはがんばってもできなくてかわいそう』だとか、そんな感じのことを言ったのだろう。

 ついでに言えば、続く言葉も決まっている。

『だから、親友の私が仲良くしてあげなくっちゃ』

 そう言えば父が喜び、兄が優しさに感動し、私と姉が「けっ」とやさぐれるのがいつも通りのクラディール伯爵家の光景なのである。

 慣れすぎて、もうその程度では怒りすら抱かない。


 だというのに――。


「リディが怒ってどうすんのよ! それで立場を失くして、そのうえ犯人扱いなんて、バカバカしすぎるわよ、バカ!!」

「わたくしの立場なんてどうでもよくってよ! あなたこそ大馬鹿者だわ! そんなことに慣れるんじゃないわよ、バカ!!」

「バカって言った方がバカなのよ!」

「あなたが先に言い出したのよ、バカ!」


 私が言えば、リディアーヌも同じだけ言い返す。

 いつしか内容らしい内容もなくなって、互いに言い合うのは『バカ』だの『アホ』だの単純な言葉ばかりだ。

 完全に子供の喧嘩である。


「……呆れた」


 それでも口を止められない私とリディアーヌに、傍で見ていたマリとソフィが息を吐く。

 顔を見合わせた二人の表情は、苦々しいとしか言いようがなかった。


「あーあ、バカバカしい。まじめに付き合って損したわ」

「もう相手にしていられないわ。行きましょう、マリ」

「そうね、ソフィ。早く神様のところに行かないと、誰かのせいで遅くなっちゃったわ」


 などと口々に言いながら、二人は揃って私たちに背を向ける。

 そのまま彼女たちは、すっかり呆れ――ついでに、どことなくそそくさとした様子で、食堂へ向けて足を踏み出した。


 空を見れば、すっかり朝とは言いにくい時間。

 急ぎ食事を受けとり、神様の元へ向かいたいという気持ちはよくわかる。

 私だって、できるならそうしたい。

 きっと神様がお腹を空かせて待っている。


 が、待て。

 ちょっと待て。


「まあまあ、二人とも」


 にこやかに言いながら、私は二人が歩き出すよりも先に手を伸ばす。

 穏やかな口ぶりとは裏腹に、ガッシと強く肩を掴めば、二人はぎくりと身を強張らせた。


 そのまま、二人は恐る恐るこちらに振り返る。

 その顔に浮かぶのは――いかにも『嫌な予感がしています』と言いたげな、硬く強張った表情だ。

 なんとも勘がいい。

 だが、手遅れである。


「もうちょっと話があるんだけど」


 足を止めてしまった二人に向け、私はにっこりと微笑んだ。


 こうなった以上は、乗りかかった舟。運命共同体である。

 逃がさん。

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