20話

「私たち、関係ないでしょう!? 巻き込まないでよ!!」

「こっちは忙しいのよ! 自分たちでなんとかしなさいよお!」


 などと叫ぶ二人に、私は笑顔を崩さない。

 にこにこ笑いながら二人の肩を掴む手に力を込め、ぐっと引き寄せる。

 ちなみに、リディアーヌには背中を向けたままだ。

 なにせ、これからするのは内密の話なのである。


「なによ……!?」

「まあまあ」


 警戒心満載の二人にそう言うと、私は二人に顔を近づけた。

 そのまま小声で告げるのは――こんな言葉だ。


「ちょっと考えてみなさいよ。――リディって、アドラシオン様の聖女なのよ?」

「……は?」

「今回のことは、きっとアドラシオン様に伝わるわ。リディのことだし、解決するまでは黙っているかもしれないけど――問題が片付いたら、きっと報告するはずよ」


 訝しげな二人を見やり、私は口の端を曲げて見せる。

 我ながら邪悪な笑みだけども、気にしてはいけない。

 どうせこちらは、『アマルダ様』と違って心根の清らかな聖女ではないのだ。


「義理堅い性格だし、アドラシオン様に誰が助けてくれたのか伝えるはずだわ。アドラシオン様、すごく感謝するでしょうねえ。大切にしている聖女を助けた相手だもの」

「…………」

「アドラシオン様、私の神様にもよく会いに来るし、他の神様方と交流があってもおかしくないわよね。もし自分の聖女を助けてくれた相手がいるなら、話題に出しちゃうんじゃないかしら。アドラシオン様から直接ではなくても、ルフレ様なんて口が軽そうだものね」


 仮にも序列三位の神に対し、うっかり失礼なことを言ったことも気にしてはいけない。


「ここでリディを助けたら、あなたたちの神様にも伝わるでしょうね。自分の聖女が善いことをしたって聞いたら、きっと神様は喜ぶでしょうねえ。序列二位の神様の聖女様を助けたんだもの。そりゃあねえ、嬉しいでしょうねえ、自慢の聖女だなんて思っちゃうかもしれないわねえ」


 ねー、と空とぼけながらも、私は二人の顔を窺い見る。

 順繰りに見るマリとソフィは、どちらも『これでもか』というほどに渋い顔だ。

 眉間に深いしわを寄せ、口を苦々しく曲げて、無言で私を睨んでいる。


 そのまましばらく。

 二人はじっとりと私を見据えたあと――。


「……わかったわよ!」


 観念したようにそう言ったのは、マリの方だった。


「やればいいんでしょ、やれば! どうせリディアーヌが犯人じゃないんだし、真犯人がいるんだから、そいつを捕まえればいいんでしょう!!」

「あっちは最高神の聖女で、神官も味方につけていて、簡単にうまくいくとは思えないけど」


 どこか不安そうなのはソフィの方。

 彼女は少しためらうように私を見て、それから心底仕方なさそうにため息を吐く。


「まあ、アマルダの味方をしたって得することはないものね。冤罪を晴らすだけなら、グランヴェリテ様からの罰もないでしょうし」


「さすが! 二人とも友達思いだわ!」


 思わず両手を握り合わせれば、「現金!」という言葉とともに、左右から小突かれる。

 予想外の強い力に口から呻き声が出るが、だからと言って力を緩めてはくれない。

 逆にかえって力を込め、私の腕を引っ張る始末だ。


「それよりあんた、犯人探しをどうするつもりよ。具体的な案とかあるわけ?」


 ない。

 とはさすがに言えず、私はマリの言葉に口ごもる。

 私の反応を見透かしていたように、マリは呆れた顔で首を振った。


「そんなことだと思ったわ。これからどうすんのよ。ソワレ様の言葉くらいしか、犯人の手がかりなんてないのよ」

「ソワレ様の言葉?」


 心当たりのない単語に、私は首を傾げる。

 その様子を見て、マリはますます呆れた顔をした。


「あんた、本当に私の話聞いてなかったのね。昨日の穢れの話、してたじゃない」


 マリの言う通り、食堂に向かっている間、たしかにそんな話をしていた記憶はある。

 だけどあのときの私は上の空で、ほとんど話を聞き流してしまっていた。

 覚えているのは、二日連続で穢れが出たことと、それをソワレ様が払ってくれたということくらいだ。


「あっきれた。みんなそれで大騒ぎしているのに。穢れを払ったときに、ソワレ様が言ったのよ」


 マリはそこで一度言葉を区切ると、真正面から私を見た。

 彼女にとっては、きっとなんてことのないしぐさだったのだろう。

 だけど、まっすぐに見据える彼女の目に、私はなぜかぎくりとした。


「――穢れの中に、神気を感じる。……誰か力の弱い神が、悪神に堕ちたんじゃないか、って」


 マリから視線が逸らせない。

 少し前の浮かれた気分が、スッと冷水を浴びせられたように冷めていく。

 私は凍り付いたように立ち尽くし、嫌な予感に息を呑んだ。


 ――神気? 力の弱い神?


 その言葉に、思い当たる節がある。

 単語をつなげて、勝手に連想してしまう。


 神気、弱い神。続けて発生した穢れに、いなくなったエリック。

 それから――。


 エリックがいなくなった翌日に、姿を変えた彼の姿。


「……エレノア? さっきからどうしたの」


 背後から声をかけるリディアーヌに、私は振り返ることができなかった。

 呆ける私の頭を占めるのは、ぽやんとした笑顔だ。


 ――……神様。


 彼が纏っていたはずの、あの穢れは――どこにいったのだろう?




(5章(前)終わり)

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