10話
見知らぬ神――とは言ったが、彼の姿には見覚えがあった。
まばゆい金の髪に、切れ長の鋭い目。
鋭利な美貌は――見紛うはずもない。
――光の神ルフレ様! めっちゃくちゃ偉い神様じゃない!
序列で言えば、アドラシオン様の下。
双子の闇の神様とともに、『属性持ち』の神様の中では最上位にいる。
ちなみにアドラシオン様と最高神グランヴェリテ様は属性を持っていない。
この二柱は、すべての属性神を下に従えているため、一つの属性に縛られないのだ。
同じ『属性なし』なら無能神……もといクレイル様もそうだけど、彼の場合は他の属性神より下にいるので、単純に力不足だと言われていた。
もっとも今となっては、彼はいわば『穢れ』属性ということなんじゃないかなあと思っているけど――。
まあ、それはそれ。
とにもかくにも、突然現れた神様に私は悲鳴を上げ――――そのまま、ベッドから蹴り出した。
「乙女のベッドに、勝手に入らないでください!!」
序列の高い神様だろうがなんだろうが、許されざることがある。
その筆頭が『許可なく乙女のベッドに入ること』であり、次点は『一人きりだと油断しきった乙女の顔を見ること』だ。
あられもない格好で寝そべり、化粧も落としてすっかり緩み切っていた私は、顔を真っ赤にしてルフレ様を睨みつけた。
「乙女はいたいけな少年を蹴り出さねーよ!」
「少年なのは見た目だけだし、見た目も私とそう変わりませんよね!?」
ルフレ様は神様なので、当然何百年単位で生きている。
見た目も少年とは言いながら、年のころは十五、六。私がそろそろ十八になるので、多く見積もっても外見上は二つくらいしか違わないはずだ。
「別にいいだろ! 心配しなくても手出しはしねーよ! 趣味じゃねーし!」
ぐっ! 生意気!
いやいや、相手は神様、神様神様……!
とてもそうは見えないけれど、この国を守ってくださる神様なのだ……!
しかも彼は、アドラシオン様に次ぐ序列の高い神。
私にとっては、雲の上のお方である。
うかつに怒らせれば、彼の光の力で焼き殺されたって文句は言えないのだ。
「いらない心配してんじゃねーよ、ブス!」
よし! 簀巻きにして窓から放り出そう!
神様なら死なない!
「げっ! なんか怖いこと考えたな!? これが聖女候補とか、あの方の趣味わかんねー!」
私の顔からなにを読み取ったのか、ルフレ様は逃げるように私から距離を取る。
それでも、彼は部屋から出て行くつもりがないようだ。
出て行くどころか我が物顔でベッドの端に腰を掛け、ふうん、と生意気そうに腕を組む。
「趣味でも手を出さないから安心しろよ。あの方が目をかける相手に手を出すとか、あとが怖いもん」
手を出されてはたまらないけど、ここまできっぱり断言されるのもなんだか腹が立つのが乙女心。
さりげなく乱れた服を整えつつ、私はぐぬぬとルフレ様を睨みつけた。
「あの方あの方って、さっきからどなたの話をしているんですか」
「あの方って言ったら、決まっているだろ。お前が毎日会いに行っている相手」
私が毎日会いに行く――というと、思い当たる節は一つしかない。
神様の中の最低位。どろどろのねちょねちょの――。
「むの――クレイル様のことです?」
「人間はそう呼ぶな」
――人間は?
ルフレ様の言葉に、私は眉根を寄せる。
人間以外は、他の名前で呼ぶのだろうか。
――そういえば……アドラシオン様も、神様を名前で呼んではいなかったわね。
『あのお方』とか、『御前』とか、敬意はありつつも名前で呼ぶのを避けているようにも思われる。
どうして――と思う私の内心を察したように、ルフレ様は口を開く。
「それは、人間が勝手に付けた名前だ。あの方は穢れを引き受けすぎたせいで、記憶も本当の名前も失ってしまったからな」
「記憶を……?」
「人間は馬鹿だよな。あの方の本当の名前を知ろうともせず、適当な名前を付けて貶めるんだから。そのせいで――」
「ま、待って待って、待ってください!」
独り言のように話し続けるルフレ様に、私は慌てて制止をかける。
「神様の、本当の名前? 別の名前の神様なんですか? で、でも建国神話では――」
建国の神話では、現在この国におわす神様の名前がすべて記載されている。
最初に国を建てると決めたアドラシオン様。
その手助けをした、兄神のグランヴェリテ様。
天から下りて来たこの二柱の神様は、土地に根付いた無数の属性神を従えて、国の形を作ったのだという。
『クレイル』と言う名前もこの中に出てきていた。
泥の沼に住んでいて、特に建国にも関わらなかった存在だったので、世間では余計に『何のための神様だ?』と軽視されてしまっていた節がある。
でも、それが本当の名前ではないのなら、あの神様は……。
――何者……?
「……神話に出て来ない神様?」
「もしくは、神の中の誰かが偽者なのかもな」
「偽って……!」
あまりにおそれ多い言葉に、思わずぎょっと声を上げそうになる。
が、その声を口にすることはできなかった。
私がなにか言うよりも早く、ルフレ様が手で口をふさいだのだ。
「声を出すな!」
「んんん……!? もがもがもが!!」
「なにこいつ、口ふさいでんのにすっげえうるせえ!」
悪かったですね!
いきなり口ふさがれて、素直に大人しくできる方が難しいと思いますよ!!
と口に出すことができず、もがもが呻く私に、ルフレ様は「シッ!」と鋭い制止をかけた。
「いいから黙ってろ! あいつが来る……!」
――あいつ……?
先ほどまでの生意気なくらいの笑みを消し、ルフレ様は扉を睨みつける。
その真剣な様子に、いったいどんな恐ろしいものが来るのかと、身を固くしたとき――。
「神様ぁ! ルフレ様ぁ! どこにいらっしゃるんですの!」
鼻にかかるような、甘い少女の声が響き渡った。
……んん? この声、ちょっと聞き覚えがある。
これ、この宿舎に暮らしている聖女の声じゃない?
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