9話

 ――むう……。


 あれから数日。

 私は神様部屋の大掃除に明け暮れつつも、ずっと同じことばかりを考えていた。


 ――穢れ。神様の穢れを払う……。


 すっかり日の暮れた時間。

 ベッドに転がった私は、無意識に自分の手を見つめていた。


 ぐっと掴まれた手の感触は、まだ残っている。

 あの『手』は気のせいだったと思う一方で、アドラシオン様の言葉が引っかかっていた。


 ――元のお姿……。


 穢れをまとう神様と、その言葉を聞いて、ついつい連想してしまうことがある。

 別に根拠があるわけではないのだけど――。


 ――もしかして、神様のあの姿は、なにか事情があるのかしら。


 穢れを払えば、それが元に戻るのだろうか。

 ああやって忌み嫌われる姿ではなく、もっと他の神みたいに扱ってもらえるようになるだろうか。


 ――そうでなくとも、あんな穢れを背負い続けるなんて。


 ずっと他人の恨みつらみを聞かされるようなものではないか。

 いや、あのとき私が感じたのは、『愚痴を聞く』なんて生ぬるいものではなかった。

 心の中を直接刺すような、痛みにも似た憎しみを、直接頭に叩きつけられたようなものだ。

 あれを神様は、もう何年、何十年耐え続けているのだろう。


 ――私はただの代理よ。すぐに辞めるつもりなのよ?


 父からの手紙の返事も、婚約者からの返事も未だないけれど、彼らだって私を辞めさせるために動いてくれているはずだ。


 ――だって婚約者もいるし、結婚だって近いのよ。もう日取りだってほとんど決まっているのよ。聖女なんて続けられないわ。


 結婚の話を今さら覆すことはできないし、私だって覆すつもりはない。

 これでも結婚には前向きで、いろいろ楽しみにもしているのだ。


 ――私は、アマルダに押し付けられただけ。一時的に代わりをやっているだけ。なのに……。


「なんとか、力になれないかしら……」


 神様の事情を知ってしまった今、このままなにもせず神殿を出るのは、あまりにも後味が悪かった。

 もちろん私は聖人君子でもないし、自己犠牲の精神もない。

 だから、結婚を放棄してまで神様に尽くすつもりなんて、申し訳ないけど考えられない。


 ――でも。


「せめて私が神殿にいる間だけでも、なにか、もうちょっとこう……」


 神様の待遇を改善できないだろうか。

 そう思いながら、私はベッドの上で枕を抱く。


「だって、あれじゃあんまりにも報われないわ」


 神様は身を尽くしているのに、周りは誰も気づかない。

 神を讃える神官でさえ、『無能神』と馬鹿にしている状況だ。

 なのに神様は恨みもせず、怒りもせず、愚痴の一つもこぼさない。


「神様も大人しすぎるわ。もっといろいろ言っちゃえばいいのに!」


 私なら、正当な評価を求めてもっと自分からガツガツと主張する。

 そのせいでうるさい奴だと思われることもあるけど、黙っていたら誰も気づかないのだから仕方ない。


 でも神様はあの性格だ。

 自分から主張したりはしないだろうし――今となっては、最低の無能神扱い。

 なにを言っても人々は信じてくれないだろう。

 というか信じてもらえなかった。

 神官に言ったら、『なにを馬鹿な。神に愛されたこの国に穢れなど存在しない』と一蹴された。


 ――神官なんてあてにならないわ!


 腹立たしさともどかしさに「うー!」とうめくと、私は枕を抱いたまま寝返りを打った。


 そのまま無作法に足をバタバタと揺らす私は――このとき、完全に油断していた。

 だって自分の部屋の中だ。だって鍵もかけてあるのだ。

 まさか――――。


「どうして私がこんなに悩まなきゃなんないのよ! 優しすぎるのも考えものだわ! 気になっちゃうじゃない!!」


「――優しい? 誰のこと?」


 まさか、全力で逆恨みを吐き出す私の隣に、見知らぬ神が寝転がっているなんて、誰が想像できるというのだろう。


「ふうん。これがあの方の聖女候補。……なんだ、意外にパッとしないな」


 透き通るような金髪を持つ美貌の少年神は、私を見据えてニヤリと笑った。

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