27話 ※神視点

「神……様……?」


 娘は怯えに息を呑む。

 口から出る声はかすれ、震えていた。


 無理もない。目の前にいるのは、人間たちの咎を贖わせるために降りてきた天上の神だ。

 本来であれば触れることは叶わず、拝謁することさえ恐れ多い。

 人間の娘一人が、相対することのできる相手ではない。


 神の威容を前に、おそれ、震えるのは当然のこと。

 格上の存在に恐怖するのは、生き物の持つ本能だ。

 ゆえに、神は娘を咎めない。凍り付いた娘の瞳が、なによりも神への畏敬を示している。


「こ、壊す……? なにをおっしゃって……そんなこと……本気で……?」

「はい」


 娘の頬に触れ、視線を合わせたまま、神は厳かに頷いた。


「本気で。私ならできるんです」


 娘に対する神の口調は穏やかだ。

 脅すわけでも、嘆かせるわけでもない。当たり前のことを当たり前に告げるのに、余計な感情は不要だろう。

 人間からしてみれば、いっそ淡々としているほどに、神は静かに言葉を続ける。


「あなたを残し、この大地を洗い流します。あなたを咎める者はいなくなるでしょう。その後は、私はあるべき場所へ戻りますが――」


 ただ――。


「あなたが望むのであれば、ともに連れて行きましょう」


 ひやりと頬を撫でる、冷たい牢獄の空気の中。

 指先に感じる熱だけが、唯一、神にとって異質なものだった。


「あなたに永遠を与えましょう。苦痛を消し、安らぎを与えましょう。――人の身に、人ならざるものを与えましょう」


 永遠は神から娘への褒章だ。

 いずれ老い、死を免れ得ぬ人間にとって、なにより求めるものでもある。


「あなたのために、この地のすべてを壊しましょう。あなたに、不老と不死を与えましょう。この先の苦しみも、悲しみも、あなたからすべて奪って差し上げます」


「…………」


 神の提示する褒章に、娘は言葉を失った。

 驚きに見開かれる目を、神は穏やかに見つめている。

 娘の返事を待つ神の顔に浮かぶのは、おそらくは、笑みにも似た表情だろう。


「………………」


 娘は沈黙のまま、大いなる神の顔を目に映す。

 今にもひれ伏しかねない畏れと崇敬を神に向け、一つ、大きく深呼吸をし――。


「――――こと」


 恐怖を呑むように、ぎゅっと顔を歪ませた。


「そんなこと、させるわけないでしょう! このバカ――――!!」


 大いなる神気に満ちた冷たい牢獄に、娘の叫び声と、ぱちんと乾いた音がこだまする。


「…………はい?」


 乾いた音の正体が、力んだ娘の手が己の頬を挟み込む音だと言うことに、神は一拍遅れて気が付いた。

 冒涜に震えながら、娘は奥歯を噛み、ぐっと神に顔を近づける。


「なにを! とんでもないこと言ってるんですか、神様!!」


 不遜な娘の態度に、神は瞬いた。

 怯えを隠した娘の――エレノアの目が、まっすぐにを射抜いている。

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