19話 ※神官視点

 アマルダ・リージュは光だった。


 この欲望の渦巻く醜い世界で、彼女だけはいつだって清らかで、穢れなく、純粋さを失わない。

 神々に仕えられることへの喜びと誇りを抱いて神殿に足を踏み入れ、そのすべてが虚像であったことを見せつけられた新米神官にとって、アマルダこそが救いだった。


『まあ……そんなことが。あんまりだわ。あなたはなにも悪くないのに』


 嘘と偽りに塗れた神殿内で、彼女だけは本当の笑みをくれた。


『そんな方の言うことなんて、聞かなくてもいいの。ひどいことばかり言う人は、あなたを傷つけたいだけだわ』


 弱い者を嗤い、心折れた者から順に切り捨てる神官たちの中で、彼女だけは彼のために涙を流してくれた。


『私でよければ、いつでもお話を聞くわ。迷惑なんて、少しも思っていないのよ。あなたのこと、放っておけないんだもの』


 寄り添い、慰め、彼の心を掬い上げてくれた。


『そうだ、そんなにお辛いなら、私の屋敷で働いたらいかがかしら。元のお仕事のことは心配しないで。私は最高神の聖女だから、いろいろ融通が利くの』


 無垢で、素直で、裏のない彼女だけが本当の聖女だった。

 彼女こそは、選ばれるべくして選ばれた最高神の聖女に違いがなかった。


 神官たちの間で囁かれる神託を偽ったという噂も、口さがない聖女たちからの陰口も、彼にとってはくだらないとしか言えない。

 いかにも他人の足を引っ張り、嫉妬ばかりする神殿の連中らしい。

 清らかであればこそ、醜い連中はアマルダには悪意を向けずにいられないのだろう。


 ――守らないと。


 本当の聖女を穢すわけにはいかない。

 どんな手を使っても、どんなことをしてでも守らないと。

 彼女は、彼女こそは人々を照らす光。

 決して、曇らせるわけにはいかないのだ。


 〇


「アマルダ様が『本物の聖女』になったなら、どうして穢れが消えないのだ? もしや、神と寝所を共にした――などと、偽りを述べているのではないのか?」


 下賤な神殿側の連中に反吐が出る。

 アマルダ様が嘘など吐くものか。


「このまま穢れが増え続ければ、神殿側の立場も危うい。いつまでも男を侍らせて茶ばかり飲んでいては、最高神の聖女の地位も安泰ではないのですよ?」


 うるさい。うるさい。

 お前らにアマルダ様のお心のなにがわかる。


「人出も手紙も規制をしているのですが、どうも王家に神殿内の情報が流れているようです。先日の魔物騒ぎのことも伝わっていて……最高神の聖女はなにをしていたのかと……」


 王家も、神殿も、アマルダ様を責めるばかりだ。

 あの方がどれほど心を砕き、現状を嘆き、悲しんでおられるかも知らないで。


「最高神たるグランヴェリテ様が動いてくだされば、穢れの問題などすぐに解決するはず。アマルダ様は、唯一選ばれた最高神の聖女であればこそ、我々も信じておりました。……ですが、このままでは――」


 うるさい。


「我々としても、アマルダ様に疑惑を抱かざるを得ません。もしやアマルダ様は、我々を騙して聖女の座に収まろうとしたのでは、と」


 うるさいうるさいうるさい!

 穢れが消えればいいんだろう!? 元凶を見つければいいんだろう!?

 神殿にとって、納得できる答えを返せばいいんだろう!!


 だったら見つけてやる。

 アマルダ様に仇を成す、穢れの元を捕まえてやる。

 どんな手を、使ったとしても!!


 〇


 どろり。

 心が黒くなっていくのを、彼自身でも理解する。

 どろり、どろり、どろり。

 アマルダのために尽くし、駆け回り、黒く染まっていくのは彼だけではない。


 この屋敷に集まる者たちはみんなそう。

 恨み、妬み、悪意の闇に呑まれていく。


 でも。

 彼の見上げるアマルダは、やっぱり光なのだ。








 たすけて。

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