2話

 ――ああもう、悩ましい!!!!


 神様が人の姿になってから、はや数日。

 例によって神様の部屋へと向かいながら、私は悶々と頭を悩ませていた。


 その原因に、心当たりは山ほどある。

 本当にいくつもありすぎて、いっそ自分でも笑ってしまうくらいだ。


 第一に、神様が人の姿になったことだ。

 一日経っても二日経っても、神様が元の姿に戻る気配はなし。

 そのくせ、当人である神様は気にしていない様子で、私に対する態度も以前までと少しも変わりなかった。


 ――いえ。


 少しも――というと、ちょっと語弊があるかもしれない。

 まるんとしていたときも今も、神様の穏やかで、どこか抜けた態度は変わりないのだけど――。


 ――甘い……というか、ぐいぐい来るというか……。


 穢れを払うための接触も、人の姿だとためらいがある。

 手にちょっと触るだけ――と思いつつなかなか触れない私の手を、しかし神様はさらりと握りしめてくるのだ。

 他意があるのかないのかは、ぽやんとした彼の表情からはわからない。

 それがますます、私を悩ませていた。


 第二の悩みは、神殿にはびこる穢れである。

 神殿の穢れは増える一方。襲われたわけではなくとも、目撃したという人は、今や数えたらきりがない。

 神殿内は相変わらずピリピリしていて、穢れを警戒して見回りをする神官の数もますます増えていた。


 第三は、この神官も関係する。

 リディアーヌの冤罪を晴らすため、穢れ発生の原因探しをしていると、必ずその見回り神官たちとかち合うのだ。

 特に、原因探しをさせられるきっかけとなった、あの太った神官にでくわしたときはたまらない。

 顔を合わせた途端に顔をしかめられ、『くだらん』『無駄なことを』『さっさと諦めろ』などと言いたい放題言われるはめになる。


 ――たしか……レナルドとか呼ばれていたかしら? アマルダがいるときはへこへこしているくせに!


 むぎゅっと苛立ちに顔中をしかめ、私は腹立たしい神官を思い浮かべる。

 あれで高位の神官だというのだから、余計に厄介だ。最下位の聖女と高位の神官では、たとえ告げ口したって取り合ってすらももらえない。


 神官たちがこの調子だから、原因探しもろくに進まない。

 他にも、消えたエリックの行方やら、今後の父との接し方やら、こまごまとした悩みまで数えたらきりがない――けど。


 これだけの悩みの中でも、ひときわ心を占めているのは、やっぱり『このこと』だろう。


 ――『力の弱い神が、悪神に堕ちた』……。


 穢れを払う際に、ソワレ様が言ったという言葉だ。

 頭を悩ませるうちに、いつも自然に思考がここへと落ちてしまう。


 ――力の弱い神。悪神。穢れ……。


 エリックの失踪と同時期に、姿を変えた――。


「……そんなはずはないわ」


 私は自分に言い聞かせるように、口に出してそう言った。

 たとえ優しい神だとしても、穢れを背負いすぎれば悪神となり、人に害をなすようになるという。


 だけど神様は、姿こそ変わっても性格は変わっていない。

 穏やかで、優しくて、人の姿になったことを素直に喜んでいるだけだ。

 そんな神様を――。


 ――……少しでも、疑っているなんて。


 浮かんだ思考を、私は慌てて振り払う。

 聖女が自分の神様を疑うなんて、あってはならないことだ。


「考えすぎておかしくなっているのよ。らしくないわ!!」


 ふん! と鼻息を吐き、私は顔を上げた。

 いつの間にやら、神様の部屋の前。

 お腹を空かせているだろう神様のために、早く食事を届けて差し上げなければ。


「さっさと原因を突き止めればいいだけよ!」


 それで、リディアーヌの冤罪も、神様へのほんのわずなか疑惑も晴れるはず。

 今はとにかく、目の前のやるべきことをやるだけだ! と私は大きく息を吸い込んだ。


「たのもう!」


 そのまま、掛け声とともに勢いよく神様の部屋の扉を開け――。




「…………はい?」


 目にした光景に、思わず声が出た。


 そこにあるのは、見慣れた神様の部屋。

 神々の住む場所としては狭すぎる室内と、狭さに不釣り合いなほど豪奢な家具。

 その家具の一つである椅子に腰かける神様――までは、いつも通り。


 問題は、神様の傍に人がいることだ。

 もっと正確に言えば、神様の真正面。傍というには近すぎる距離。

 座る神様に体を押し付け、肩を抱き――いかにも親密そうに抱きしめる黒髪の女性の姿に、私は凍り付いた。




 ………………悩ましい。

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