3話
「なっ…………」
なにこれ、とも、なにやってるの! とも言えないまま、私は呆然と立ち尽くす。
「――ああ、エレノアさん。おはようございます」
なんて言いながら、ぱっと明るく笑う神様も、今は目に入らない。
私の視線は、神様にぴたりとくっつく女性に釘付けだった。
真っ先に目が行くのは、肩口で切りそろえられた、艶のある黒髪だ。
体つきは細く、背は私よりも少し低いくらい。
かがみこんでいるのは、座る神様を抱きしめるためだろう。ちょうど神様の肩に頭を預けたまま、彼女は扉を開けた私に振り向いた。
こちらに向けられたその顔に、私はぎょっと目を剥いた。
垂れ落ちる前髪の間から見える、少し眠たげな黒い瞳。
女性と呼ぶには、いくらか幼さの残る顔立ち。
同性でも思わず見惚れてしまいそうになる――人知を超えたその美貌に、見覚えがある。
「ソワレ様! どうしてここに……!?」
ルフレ様の双子の妹、闇の神ソワレ様。
この神殿において、ルフレ様と並んで序列三位に数えられる、上位中の上位の神様だ。
さらに言うと、彼女は神殿の中でも特に、人間の味方をしてくれる神様として有名だ。
神様が力を貸すのは聖女だけ――と言うけれど、彼女に限っては、神殿の要請に応えて普通に力を貸してくれたりもする。
実際、現在神殿にはびこる穢れを払ってくれているのはソワレ様だ。
ほとんど毎日のように穢れ騒ぎがある中で、私たちがまだ神殿で暮らしていけるのは、ソワレ様のおかげと言っても過言ではない。
そんな、心優しい少女神として評判の彼女は――。
私を目に映すと、にやりと意地悪そうに口元を歪めた。
――……えっ?
呆ける私の目の前で、ソワレ様は神様に頭を押し付ける。
んん……と甘えた声を出し、心地よさそうに目を細める彼女を、神様は気にした様子もない。
抱き返しこそしないものの、当たり前のように受け入れている彼の姿に――さすがに声が出た。
「ま、待って待って! なにやってるんですか!!」
「なにって?」
「なにって……二人きりでこんな……!」
「いけないの?」
にやーっと目を細めるソワレ様に、私はぐっと言葉を詰まらせる。
だって二人きりの部屋。抱き合う美男美女。しかもソワレ様の手つきはちょっとなまめかしい。
こんなの、どう考えても『そういう状況』としか考えられない。
――でも、いけないのかって言われると……!
神様と聖女は伴侶――とはいえ、実際に夫婦の関係になるかどうかは神様次第だ。
聖女を妻として扱う神様もいる一方で、聖女に人間の恋人を作ることを許す神様だっている。
そういう聖女と距離を置いた神様の場合は――もちろん、神様側にだって好きにする権利はあるはずで――。
などと考える私を横目に、ソワレ様は神様にますます体を近づける。
というよりも、むしろ顔だ。唇を尖らせ、聞き間違いでなければ「ちゅー」なんて言いながら、神様に顔を寄せている。
「――――だ」
その様子に、考えるよりも先に体が動いていた。
私は食事を持っているのも忘れ、ソワレ様を引き離そうと手を伸ばす。
「駄目! 待って――――」
でも、届かない。
きょとんと呆けた神様は無防備で、拒もうなんて少しも思っていない様子だ。
そのまま、彼女の唇が神様に触れる――直前。
「やめろ、このバカ!」
部屋の中から、もう一つの声が響いた。
同時に、誰かの手がソワレ様の首根っこを掴み、強引に神様から引き剥がす。
「二人きりじゃねーから! ずっといたのに、俺を無視すんじゃねーよ!!」
手の中でばたばた暴れるソワレ様を手に、心底不機嫌そうに私を睨むのは――ソワレ様の双子の兄にして光の神、ルフレ様だった。
き、気づかなかった……!!
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