4話

「笑えねーんだよ、お前の冗談は!」


 がつん! と遠慮のない力でソワレ様の頭を小突きながら、ルフレ様はそう言った。

 しかし、ソワレ様には効いているのかいないのか。

 彼女は小突かれた頭を両手で押さえ、「むー」とやはり眠たげで、甘えたような声を出す。


「冗談じゃないのにい……」

「だったら余計にたちが悪いわ! お前、そんな態度だから聖女からの評判が最悪なんだぞ!」

「興味なーい」


 けろりとした顔でそう言って、ソワレ様はするりとルフレ様の腕から抜け出した。

 それから神様に向き直り、軽い調子で手を振ってみせる。


「それじゃあ、わたしは失礼しますー」

「――――って、待って待って!」


 そのまま踵を返し、部屋を出ようとする彼女を、私は慌てて呼び止めた。

 相手が神様であることは、今は頭から抜けている。


 この状況、この空気。

 この微妙に気まずい空気を残して、張本人が去るなんて認められるわけがない!


「冗談なの? そうじゃないの!? い、いえ、だからどうってわけじゃないけど!」


 ないけど!――と叫ぶ私の声に、しかしソワレ様は振り返りもない。

 視線だけをちらりと私に向け――彼女は足を止めないままに走り去っていってしまう。

 ひと言、こんな言葉だけを残して。


「しーらない!」


「…………は」


 ソワレ様の去っていった部屋の中。

 彼女の消えた背中を見つめながら、私は愕然としていた。

 相手は神。しかも序列三位。この神殿を助けてくれる、唯一と言っていい神様。

 尊敬するべき相手だし、私だってずっと敬っていた。


 けど。


「――――はああああ!? なによあの態度!? 『しらなーい』って、それ結局どっちなのよ!!」


 だから腹を立てないかと言えば、別問題である。

 だいたい人間の味方と言いながら、彼女はこの部屋の中でほとんど私を見ていなかった。

 視線はずっと神様か、たまにルフレ様に向くぐらい。

 そのうえ、ほんのわずか私に向けられる彼女の目は、どうにも感情の読めないにやっとした笑みだ。


 ――聖女から好かれていないのは知っていたけど! あんな態度だったら当たり前だわ!!


 神様異性にはべったりして、同性には目も向けない。

 これでは、『男好き』だなんて噂も信じてしまいそうになる。


 ――だいたい、神様も神様だわ! 無抵抗で、まんざらでもない態度で……!


 ルフレ様が止めなければ、あのまま大人しくキスをされるつもりだったのだろうか。

 そう思うと、なぜだか眉間にしわが寄る。

 ぐぬぬ……と自分でも知らずうめく私を見て、いつの間にか隣に来ていたルフレ様が息を吐いた。


「……お前、やっぱりそういう反応なんだな」


 わかってたけど、と告げるルフレ様の顔は、私と同じくらいに渋い。

 だけどすぐに首を振って表情を消し、彼は私に苦い声でこう言った。


「気にすんなよ、からかってるだけだ。あいつ、本命が別にいるし」

「……本命?」

「あいつの『王子様』だよ。……くそっ! なんで俺がお前を慰めなきゃなんねーんだよ!」


 ルフレ様は乱暴に頭を掻くと、苛立たしげにまた息を吐く。

 それからギッと強く私を睨み、ついでに乱暴なくらいの力で私の背を叩いた。


「もう俺は行からな! あとは勝手にしろ!!」

「ルフレ様、勝手にって……!」


 そう言って、引き留める間もない。

 彼は部屋の外に駆けだすと、あっという間に見えなくなってしまった。


 そうなると、取り残されるのは私と神様と、微妙に気まずい空気だけだ。

 なんとも苦々しく、だけどこの苦々しさをどう表せばいいのかわからないまま、私は神様に振り返り――。


「…………神様?」


 その苦々しい気持ちさえ、神様の姿に頭から吹き飛んだ。


 この騒動の中でも無言のまま、きょとんと呆けたような表情のまま――。


 神様の顔は、茹で上がったように真っ赤に染まっていた。

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