3話

 開け放たれた扉の前。マティアスは腕を持ち上げ、まっすぐに神様を指さした。

 彼の背後に控えるのは、アマルダが連れてきたらしい神官たちだ。

 神様の部屋を取り囲むように居並ぶ神官たちに向け、マティアスは勝ち誇ったように声を張り上げた。


「見てください! あれが今の『無能神』の姿です! あの姿こそ、無能神が悪神となり、穢れをばらまいたなによりの証拠! そうでなければ、あの醜い無能神が人の姿に変わる理由がありません!!」


 神官たちの視線は、部屋の中の神様に注がれている。

 訝しさと非難の目と、僅かな好奇心の混ざった目に、私は慌てて神様を背に隠すけれど――たぶん、手遅れだ。

 神官たちの間から、ざわめき声が聞こえてくる。


「あれが無能神?」「たしかに、あの姿は……」「やはり、マティアス様の言う通りだった……!」


 無数の声を味方につけ、マティアスが笑うように叫ぶ。


「これで、僕が正しいとおわかりでしょう! 昨晩の騒動も、今までの穢れもすべて、あの化け物が元凶なのです! 間違いであるはずがありません! だって僕が! この目で! あの化け物が穢れを生むところを見たのですから!!」

「で、でたらめだわ! 勝手なことを言わないで! 神様はみんなを助けてくださったのよ!?」


 なんてことを言うのだと、私はマティアスを睨みつける。

 神様が穢れを生むところなんて、マティアスが見ているはずがない。

 そんな瞬間を見ていたのならば、彼のことだから、昨日のうちに大騒ぎをしていたに決まっている。


「どうしてそんな嘘を吐くの! 神様が穢れを払ってくださったことは、あの場にいたみんなが知っているわ! 他の人に聞けばすぐにわかることなのよ!?」

「嘘を吐いているのはそっちだろう! 他の人に聞く? いいや、ここに僕という証人がいるだろう! ――ねえ、みなさん!」


 みなさん――と言って、マティアスは神官たちをぐるりと見回した。

 背筋を伸ばし、どこか演技っぽく胸に手を当てながら、彼は私ではなく神官たちに訴える。


「ソワレ様とともに穢れを払うために駆け回っていた僕と、この姿の『無能神』を隠していた彼女と、どちらが信じられると思いますか!?」


 ぐ、と私は言葉を詰まらせた。

 マティアスの問いに対する答えは、言葉よりも明確に視線が教えてくれる。

 私に向けられた、疑惑を宿す険しい視線に、思わず一歩足を引いた。


 私が神様を隠していたのは事実。

 ソワレ様の気持ちはどうあれ、彼がソワレ様とともに神殿の穢れを払っていたのも、事実。

 他の人に聞けば真実はすぐにわかる――とはいえ、今この場では、それを証明する手立てもない。


「さあ、そこをどいてくれ、エレノア君。穢れの元凶を処理する必要がある」


 マティアスの言葉に、私は首を横に振る。

 どけるわけがない。

 どう考えても、マティアスじゃ神様を傷つけようとしている。


「どかないわ。もう少ししたら人が来るの。そうしたら、神様が無実だって証明してくれるわ!」

「そんなもの、待てるわけがないだろう。穢れを生みだす化け物なんて、今すぐにでも排除するべきだ」

「排除って! そんなこと――」

「君とは話しても無駄みたいだな」


 ふふんと笑うと、マティアスは邪魔な私を押しのけようと手を伸ばした――が。


「……待って」


 その手が私に触れるよりも早く、細い声が響いた。

 声の方向は、マティアスのさらに背後。大きな声ではないのに、奇妙なくらいに鮮明だった。


「マティアス様、ちょっとだけ、待ってくれませんか」


 場違いなくらいに落ち着いたその声は、静かなのに力がある。

 マティアスは思わずという様子で手を引っ込め、神官たちからはざわめきが消え、私は息を呑む。

 周囲の視線が、一斉に向けられる中、その声の持ち主は――。


 アマルダは部屋の奥を見つめて、無邪気に小首をかしげてみせた。


「私、あの方と――クレイル様と、お話をしてみたいんです」


 アマルダの青い瞳が、神様を映して揺れる。

 その目の色に、どうしてか――私は、姉の忠告を思い出していた。


『エレノア。アマルダには気を付けなさいよ。特に――』


 好きな男は、絶対に近づけちゃだめだからね。


「なんだか、悪い方に見えないの。きっとなにか、事情があるんだわ」


 父も、兄も、エリックも夢中になった柔らかな笑みが、今は神様に向けられている。

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