19話

「な、なななななんですの、いきなり!? か、体……って、ど、どういう意味で……!」


 場所が食堂であることも忘れ、リディアーヌが声を荒げる。

 唇を噛んで表情を抑えようとしているようだが、顔が赤くなることは止められないらしい。

 見る間に茹で上がるリディアーヌの様子に、私はようやく失言に気が付いた。

 ぱっと口元を押さえると、慌てて首を横に振る。


「ち、違うわ! へ、変な意味ではなくて!」


 真っ赤になったリディアーヌがどんな誤解をしたかなんて、想像するまでもない。

 なにせこの神殿にいるのは、神々に嫁入りした聖女たちなのだ。

 たまに婿入りする男性もいるけれど、それはさておき。


 神様の体を見たか――と聞かれたら、思い浮かべるのは、つまりはそういうことである。


 ――だけど私は、そういうことを聞きたいのではなくって!


 もっと純粋な興味、関心なのである――と言い訳しようと思ったのがさらにまずかった。


「い、今のは深い意味はなくて、ただ単純に、アドラシオン様の服の下に興味があるだけよ! リディアーヌなら、服を脱いだところも見たことがあるかと思って!」

「変な意味じゃない!!」


 ――たしかに変な意味にしか聞こえないわね!!


 リディアーヌの言葉が全く否定できず、私は自分で自分の言葉に赤くなる。

 真っ赤になったリディアーヌよりもさらに赤く、恥ずかしさに目の端が潤んでさえいる気がする。


 だって、服の下って。

 だって、服を脱いだところって。


 ――これじゃ、私が恥じらいのない女みたいじゃない!!


 みたいではなく、この状況ではまさにそれ。

 他人の神様――いわば旦那様の裸を教えろとせがむ痴女である。


「ほ、本当に本当に誤解なのよ!」


 熱を持った頭で、私は必死に否定する。

 これでも私は年頃の乙女である。

 異性の裸体に興味津々――なんて思われて、平気な顔はしていられない。


「別にアドラシオン様の裸に興味があるわけじゃなくて! 神様なら誰でも良くて!!」

「悪化していてよ!?」


 ――ごもっともです!!!!


 痴女である。痴女確定である。

 そんなつもりはなかったのに、もう言い訳の言葉すらもない。

 頭を抱えてうつむけば、口から出るのは「うああああ……!」という言語でさえないうめき声である。


 もうじき夜に向かう日暮れ時。

 人の少ない食堂で、私とリディアーヌは互いに慌てふためいていた。

 突然神様の裸を聞かれたリディアーヌは気の毒だが、それ以上に私の羞恥心がとんでもない。

 冷静に止める人間もなく、収拾が付かずに騒ぐ私たちに――。


 不意に、「ぷっ」と吹き出すような笑い声が向けられた。



「――ねえ、見て、あれ」


 嘲笑を含んだ声が食堂に響き渡る。

 鈴を転がしたようなその声音は――覚えたくもないけれど、残念ながら聞き覚えがあった。


「恥知らずが、恥知らずな話をしているわ。あなたたちも聞いていて?」

「ええ、もちろんよ、ロザリー。聞きたくないのに、聞こえて来ちゃうもの」

「あんなことを大声で話すなんて、大貴族のくせに育ちが悪いのね」


 くすくすと笑い合う声に、私はうめき声を飲み込んだ。

 羞恥ににじんだ変な汗をぬぐいつつ、嫌な予感に振り返れば――やはり。

 ルフレ様の聖女のロザリーと、その取り巻きたちが、馬鹿にしたようにこちらを見て笑っていた。


「きゃっ、こっちを見たわ!」

「こわーい!」


 と怯えたふりをする取り巻きたちを無視し、ロザリーは少しの間無言で私たちを見やる。

 冷たい視線でリディアーヌを見て、私を見て――もう一度リディアーヌを見てから、彼女は「はん」と鼻で笑った。


「偽聖女同士、お似合いね。ずいぶんと浮かれていたようだけれど――アドラシオン様が、代用品の聖女なんて相手にすると思って?」

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