23話

「……なによ」


 リディアーヌは私を見下ろし、かすれた声でそう言った。

 もう手を振り払おうとはしないけれど――代わりに、ギッと憎々しげに私を睨みつける。


「あなたに話したところで、なにも解決なんてしないわ……!」

「そうかもしれないけど!」


 私もまた、意地に染まった彼女の瞳を睨み返す。

 互いに険しい顔を突き合わせ、睨み合い、吐き出すのは令嬢らしくもない荒い声だ。


「なにか変わるかもしれないじゃない! 一人じゃわからないこともあるのよ!」

「なにかってなによ! あなたがわたくしの問題を解決できて!?」

「解決なんかできるわけないでしょう!」


 そんなこと、私が保証できるわけがない。

 私は神様でもなく、リディアーヌ自身でもなく、ただの他人でしかないのだ。


「なら――」

「でも!」


 言い募ろうとするリディアーヌを遮り、私は声を上げる。

 私は他人。根本的になにかを変えることはできなくても――だからこそ、見えるものもある。


「解決できなくても、あなたが気付いていないことを教えることはできるわ!!」

「わたくしが……!? なにに気付いていないって言うの!」


 いぶかしむように眉をひそめるリディアーヌに、私はさらに一歩近づく。

 風が吹けば、彼女の長い髪が触れる距離。

 近さに一瞬たじろぐ彼女に向け、私は口を開く。


「――アドラシオン様の目」


 思い返すのは、屋敷で見た彼の視線だ。

 冷徹、厳格で容赦がなく、人間からも神々からも恐れられるという神の――リディアーヌにだけ向ける瞳の色。


「あの方が、あなたにだけ優しい目を向けていること……気付いていないでしょう?」


 友人ができたことを喜び、違ったらがっかりして、楽しそうな様子を見て、自分も嬉しそうにしていた。

 屋敷にいる間、ずっと彼女の姿を見つめていた。


 ――アドラシオン様にとって、『何者でもない』はずがないわ。


 きっとリディアーヌは、近すぎて気がついていないだけ。

 傍から見れば、すぐにわかることなのに。


「……わたくしに?」


 リディアーヌは虚をつかれたように、ぽつりとつぶやいた。

 想像もしたことがなかったのだろう。

 少しの間、彼女は続く言葉もなく瞬いた。


「…………そんなはずはないわ」


 だけど、沈黙のあとに出たのは否定の言葉だ。

 信じられない、と言いたげに、彼女は小さく首を振る。


「見間違いか、あなたの勘違いよ。だって、わたくしは生まれ変わりではないのよ」

「それって、記憶がないだけでしょう?」


 拒絶するようなリディアーヌに、私は肩をすくめて見せる。


 少女の生まれ変わりは、みんな過去の記憶を持っていると言われているけれど、それを知るのは当人だけだ。

 普通の人間は過去の記憶なんて持たないのだし――たまには少女だって、うっかり忘れることもあるかもしれない。

 アドラシオン様が人間の時にしか生まれ変わらない、という話もそう。

 直接見て、聞いて、知っている人間なんかいないのだ。


 だから、と私は胸を張る。


「記憶がないなら、『生まれ変わりじゃない』とも断言できないじゃない! 少なくともアドラシオン様には大切に思われているわけだし――わからないときは、良い方に考えた方が絶対に得だわ!」

「…………」


 私の言葉に、リディアーヌからの反論はない。

 ちらりと様子をうかがえば、彼女ぽかんと口を開けていた。


 らしくもない気の抜けた表情で、私に向けるのは、やはり珍獣を見るような目つきである。

 しばし無言のまま、一度、二度と瞬きし――それから。


「……あなたって単純だわ」


 彼女は、心底から呆れたように息を吐き出した。


「そんな無責任なことを言って、違ったらどうするの」

「どうする、と言われると……」


 どうにもできない。

 別にリディアーヌが生まれ変わりである根拠もないわけで、これで違ったらもう――あとは、慰めるくらいしかできないだろう。

 ……と悩む私を見て、彼女はスッと目を細める。


「違ったら、あなたを恨むわよ」

「恨む!?」


 そこまで!?


「当然でしょう」


 ぎょっと目を剥く私に対し、リディアーヌは「ふん」と鼻で息を吐いた。

 そのまま私の手をすげなく振りほどくと、腰に手を当て、片手で髪をかき上げる。


 満天の星の下。

 彼女はいつものように顎を持ち上げ、いつものようにツンと澄まし、いつものように高慢な表情を浮かべ――いつもよりも不敵な声で、こう言った。


「だってけしかけたのはあなただもの。――責任はとってもらうわよ」


 理不尽!――と抗議をすれば、彼女は愉快そうに、からからと笑った。

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