24話 ※聖女視点(ロザリー)
「――ええ! アマルダ様、『まだ』なんですか」
昼下がり。上位の聖女だけが入ることのできる、食堂のカフェテリア。
ロザリーは聞いたばかりのアマルダの言葉に、内心で嗤った。
「私なんて、ルフレ様に毎晩ですよ! 見た目は子供みたいなのに、あちらの方はしっかり大人で……身がもたないわ」
「……そう、なのかしら? そういうものなの?」
「当り前ですよ! だって聖女は神の妻なんですから! 愛し愛されなくっちゃ、ねえ」
そう呼びかければ、周囲の聖女たちが頷きを返す。
下位の聖女であるいつもの取り巻きはいないが、反応は似たようなものだ。
上位の聖女に、下位は逆らえない。
序列三位であるロザリーに否を返せるのは、この場にはアマルダしかいなかった。
そのアマルダは、ロザリーの言葉に頬を赤くして照れるだけだ。
最高神との仲は良好と聞いていたが――しょせんはこんなものだ、とロザリーはほくそ笑んだ。
――ずっと傍にいるくせに、一度も手を付けてもらえないなんて。かわいそうに。恥ずかしくないのかしら。
このぶんだと、アマルダもあの代用品――リディアーヌと同じく、偽の聖女なのかもしれない。
そもそも、一度も聖女を選んだことのない最高神グランヴェリテが聖女を選ぶなんておかしいと思っていたのだ。
たしかにアマルダの顔立ちは整っているし、魔力も高いが――しょせんは金のない男爵家の娘。
聖女になるのもおこがましいような、野暮ったくて田舎臭い芋女にすぎない。
こんな女が最高神の聖女なんて、なにか悪辣な手段でも使って神殿に取り入ったに決まっている。
――結局、私が一番の聖女なのよ。
序列こそは第三位だが、一位の聖女は最高神が手も付けたがらない田舎娘で、二位は誰もが知る偽聖女。
ならば実質的には、自分こそが最も優れた聖女のはずだ。
「――ロザリーちゃん?」
「なんでしょう、アマルダ様?」
内心の侮蔑などおくびにも出さず、ロザリーはアマルダの呼びかけに微笑みを返す。
優雅に紅茶に口を付けつつ、ご機嫌取りも忘れない。
「そういえばアマルダ様、知っています? 最近、貧民街で流れている噂」
「貧民街の噂?」
――なにその舌ったらずな声。まるで白雉ね。
小首を傾げるアマルダに、ロザリーは心の中で嘲笑する。
考え足らずで、能天気で、頭に花でも咲かせているのではないだろうか。
「今の神殿には、美しく清らかで、心優しい聖女様がいるって評判なんですよ。これってきっとアマルダ様のことですよね。貧しい孤児たちまでその話題で持ちきりなんですって。さすがアマルダ様だわ」
「ええ……私が? なんだか照れちゃうわ。私、なにもしていないのに」
「まあ、ご謙遜を。アマルダ様なら、そこにいらっしゃるだけで下々の心を明るく照らしてくれるんですのよ。なにせ、最高神の聖女様なのですから」
「ロザリーちゃん……」
アマルダは両手で頬を押さえると、嬉しさを隠しきれずに一度目を伏せる。
それから小さく首を振り――再び顔を上げた彼女の姿に、ロザリーは吹き出しそうになった。
「ええ、私、がんばるわ! グランヴェリテ様に仕える一番の聖女として、神殿の代表として、みんなを笑顔にできるように!」
――一番の聖女! 神殿の代表! あなたみたいな男爵家の芋女が!
間抜けな顔を引き締め、強く前を見据えて――劇の主役にでもなったつもりだろうか。
どうせアマルダが笑顔にできるのは、知恵のない愚かな貧民どもくらいだ。
ロザリーのような賢明な貴族に与えられるのは、失笑がせいぜいだろう。
喜劇役者であるとも気付かず、悲劇のヒロインを演じる彼女は、ロザリーにとってはただただ滑稽であった。
――だけど、そのぶん扱いやすいわ。
頭が悪くて、適当に褒めればすぐにつけあがる。
自分よりも立場が上なのは疎ましいけれど――あのリディアーヌが一番だったころよりは、よほどやりやすい。
むしろ彼女がいることで、『これ以上自分よりも上の聖女が現れない』という安心感もあるくらいだ。
――せいぜい、利用させてもらうわ。
嘲笑を微笑みに変え、ロザリーは称賛の手を叩く。
「さすがはアマルダ様ですわ。私、感動してしまいました。私もアマルダ様のように素晴らしい聖女になって、この神殿をよりよく変えていきたいですわ」
殊勝な態度でそう言うと、ロザリーはそのまま、「でも」と続ける。
できるだけ悲痛に、できるだけアマルダの正義感を誘うように、彼女は表情を歪める。
「でも、アマルダ様は知っていまして? あのアドラシオン様の代理聖女――リディアーヌ様のこと。聖なる神殿に相応しくない、傲慢で他人を踏みにじる行為の数々を――――」
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