千年の恋と愚か者ども(4)
…………という話を、彼はかつての弟であるアドラシオン、もといユリウスから聞かされていた。
「………………俺は、いったいどうすればよかったのでしょうか……」
神殿、貴賓室。
リディアーヌに誘われてエレノアがお茶会に出かけ、ひとり留守番をしていた彼の目の前で、ユリウスは重たげにうなだれた。
表情には戸惑いが満ち、声はぽつりぽつりと力ない。いつになく沈んだ様子の弟の姿に、彼はなんと声をかければいいかわからなかった。
なにせこの男、千年の恋の相手であるリディアーヌを相手に、彼女が運命の相手であることを黙っていたのだ。
彼女が記憶を失くしていることに安堵し、このままなにもかも忘れてくれることを願い、普通の幸せが得られることを望んでいた。
そのためであれば、彼女からの愛を手離しても構わない。自分が忘れられることも厭わない。自分さえ彼女との記憶を覚えていればそれでいい。
その結果、彼女が別の誰かと結ばれても仕方がない――と、そう言ってのけたのである。
そんなの――――。
「………………なにが悪かったのだろうな…………?」
当たり前すぎて、とんと問題が見つからない。
大切な相手の幸せのためなら、そう思うのは当然のことではないだろうか?
しかし現実にリディアーヌは怒り、ユリウスは平手を喰らっている。
茶会からも追い出され、行く当てもなく彼の部屋へと訪ねてくる始末だ。
――機嫌が悪かったのだろうか。なにか言い方が悪かったのだろうか。ううむ……。
彼としては、ユリウスの行動はあまりにも当然のことだった。
自分にとってなによりも大切な相手が耐えがたい苦しみを負っているのなら、誰だって忘れてほしいと思うもの。ましてや、次の生にまで記憶を引き継がせるなどとんでもない。
死とは不完全な命たちにとっての救済だ。神ほどの器を持てない人間にとって、繰り返す生の記憶は重たすぎる。
なにもかも忘れた方が幸せになれるのなら、その方が良い。その記憶に自分がいなくても、相手が幸せな方が良い。
もちろん、自分の手で幸せにするのが最上であるが、それが叶わぬというのなら――自分の存在が相手の苦痛になるのなら、身を引くよりほかにない。
そこに思い至るのは、ごくごく自然な思考の流れであるだろう。
…………とは思えども。
「私にもよくはわからないが…………」
彼は小さく首を振ると、しょぼくれた弟へと視線をやる。
彼には弟の犯した問題がなんなのかわからない。リディアーヌの怒りの理由も、慰めの言葉も見つからない。
ただ、わからなくとも直感していた。
万が一自分が弟と同じことをしたとき、おそらく――どころか、ほぼ確実に、間違いなくエレノアは怒る。それはもう烈火のごとく、手の付けようもなく、言葉をかけることさえできないほどに怒る姿が、どうしてか目に浮かぶ。
つまりこれは、怒らせるようなことなのだ。
そして悲しいかな、彼とユリウスは、たぶん自分たちで思う以上に似ているのだ。
それはすなわち――。
「…………相談相手に私を選ぶようなところが悪いのではないか?」
彼らが顔を突き合わせたところで、答えなど出るはずもない。
不毛で愚かな選択に、似た者兄弟はなんともばつの悪い視線を交わしあった。
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