26話
驚いたかと言われれば、それはもちろん驚いている。
怖かったと聞かれれば、怖くないはずがないだろう。
だって神様が、まさかのグランヴェリテ様だったのだ。
そりゃあ頭の片隅で、「もしかしてけっこう偉い神様なのでは?」と思わないわけではなかった。
神話に名前を残していないだけで、無能神と呼ばれるような立場の神様ではないのだろうとは、実のところ薄々感じていた。
だけど序列最下位から、一気に最高神になるなんて思わない。
こんなの、驚くなと言う方が無理に決まっている。
しかも神様は、本当は人間を裁きに来ていたのだ。
この国は特別神々に愛されてきたわけではなく、その真逆。母神から見放された土地だったからこそ、多くの神が集まったなんて言われれば、地面がひっくり返ったような気持ちになる。
じゃあこれまでいたグランヴェリテ様はなんだったのかと言えば、こちらは人形だったうえ、よそから来た別の神様が入り込んでいたという。
穢れを抱え、アマルダに救いを求めてきたのに救われず、結局悪神に堕ちてしまったその神様に、驚いている暇もない。
アドラシオン様が人間に生まれ変わっていたと聞いたときは、喉から「ヴェッ!?」と変な声が出た。魔法が解け、ユリウス殿下の姿が現われた際に響いたざわめき声のうちの一つは、間違いなく私である。
おまけに言われて思い返せば、アドラシオン様の言動にはたしかに神としての違和感があったのだ。
神々は人間には直接手助けができないはずなのに、俺は特別だ――と言って食べ物を渡してくれたのは、つまりはそういうこと。そうとわかると、澄まし顔のアドラシオン様がなんとも小憎らしい。
そのまま、あれよあれよと話が進んでいって、私は呆然と立ち尽くす他になかった。
このときの私は完全にその他大勢。舞台であれば、名前も載らない端役である。
ちなみに、横目でちらりと確認したリディアーヌは驚いていなかった。
単純な驚きと、「やっぱりか!」という気持ちと、「あのリディが隠し事をできるなんて……!?」という衝撃で、もう感情がぐちゃぐちゃである。
――でも。
アマルダの本心は、なんとなく私にもわかっていた。
それでも、言葉としてはっきりと聞かされたときはショックだった。
そのアマルダが、穢れに呑まれたこと。
穢れが、もはや伝説にしか聞かないような災厄に変わってしまったこと。
今まさに、この場にいる人々を呑み込み続けていること。
いずれは法廷だけではなく、きっともっと多くの人々を呑み込むだろうこと。
どれほど驚いても、驚き足りない。
こんな状況、怖いに決まっている。
足は竦んでいた。
体は震えている。
穢れは大きさを増し続け、悲鳴は止まらない。
怖くて、怖くて怖くて、仕方がなかった。
神様の言う通り、災厄は人間の力ではどうしようもないのだろう。
神様がなんとかしないと、裁きがなくたってこの国は滅びてしまうのかもしれない。
――――でも。
でも、頭の奥が熱を持つ。
驚きと恐怖を押しのけて、私は神様の背を睨む。
穢れだの、悪神だの、災厄だの。
神様の正体も、アドラシオンがユリウス殿下だったことも、リディアーヌがそれを知っていたことも、アマルダの本音も。
今は、そんなこと。
「―――――――人の、話を」
ど――――――でも、いいのである!!!!!!!!!!!!!!!
「無視するなぁあああああああああああ!!!」
声の限りに怒りを吐くと、私は駆けだした。
背後でリディアーヌが、ぎょっと「エレノア!?」と叫ぶけど、私の足は止まらない。
マリやソフィ、レナルドやヨランまでが、「馬鹿!」「おい!!」「待て!!!」と口々に呼び止める声も、今は耳に入らない。
「こんの……!」
天井から、穢れが粘り落ちてくる。
足元を、重い穢れが絡み取る。
神様は視線の先。金の髪を揺らして、穢れの前に立っている。
無抵抗の神様を、穢れはためらいなく呑み込もうとする。
重たい穢れが、濁流のように神様の上に降り注ぎ、その姿を覆い隠す。
その、寸前。
「待って、って言ってるでしょうが!!」
私はあらん限りの力を込めて、穢れの中の神様へ手を伸ばした。
「神様!!!!!!!!!」
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