6話 ※神様視点

「え、ええと! と、とりあえず食事にしましょうか!」


 誤魔化すように頭を振り、赤い顔をそむけるエレノアを、彼は熱のある目で見ていた。


 ――おかしい。


 彼女の穢れから、目を離せない。

 彼女の中にある、たしかな悪意。醜い感情であるそれを意識するほど、頬が熱を持っていく。


 ――どうして。


 理解できない――いや、あり得ないはずだった。

 誰よりも清く気高い彼は、穢れとはもっとも遠い場所にある。

 穢れを抱える人々を哀れみ、手を差し伸べはすれども、喜ぶことなどあってはならない。

 今でもなお、自分の内にある穢れみにくさを嫌悪しているというのに。


 ――エレノアさん。


 彼女の穢れを引き受けたいとは思えなかった。

 醜さを、もっと自分に向けてほしいとさえ思っている。


 胸に手を当てると、強い鼓動が手のひらを打ち付けた。

 この鼓動の理由を、彼は知らない。

 愛でも慈しみでもない感情など、神である彼はかつて抱いたこともない。


 剥がせない視線に、彼女が気付いたように振り返る。

 目が合うと、彼女の瞳に動揺が浮かぶ。


 戸惑う瞳の色が嬉しかった。

 彼女の姿を見て、目を細められる自分が嬉しかった。

 彼女と同じ姿、同じ形というだけで、どうしようもなく嬉しくて、たまらなかった。


 手を伸ばし、触れることは許されるだろうか。

 抱き寄せることを、拒まれないだろうか。

 親愛を込めた闇の子の口づけを、彼は嫌だとは思わなかった。

 だけど今は、その行為を――できれば、彼女と交わしたいと思っている。


 ――私はもう。


 熱を持つ顔を片手で覆い、彼は嘆息する。

 もう、以前の姿には戻れない。


 手足もなく、姿を見ることもできず、醜い無能神と呼ばれた自分ではいられない。

 自分を殺してまで人々を守るよりも――彼女と並べるこの姿の方が、よほど大切に思ってしまっている。


 ――あなた以外を、守る気がなくなってしまった。


 神殿にはびこる無数の穢れの存在も、彼の心を揺らさない。

 二人きりの、小さな部屋の中。哀れな人間たちから目を逸らし、内にある醜さを強く感じながら、彼は静かに目を閉じた。


 浮かぶのは、はるか遠い昔に抱いたものと、同じ疑問。


 人の醜さであり、嫌悪すべきものであり――同時に、喜びさえも与える。

 穢れとは、いったいなんなのだろうか?

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