16話

 翌日。

 食料入りのバスケットを抱え、意気込んで訪ねた神様の部屋の中。

 リディアーヌからもらったパンを神様と並んで食べつつ、私はひたすらに悶々としていた。


 ――『好きなのか?』って。好きって。


 頭に浮かぶのは、昨日のルフレ様の言葉である。

 食事に集中しようと思っても、いつのまにかパンを千切る手が止まってしまう。


 ――だって……そんなまさか。


 ちらりと横に目をやれば、いつもと変わらない神様の姿が目に入る。

 彼はバスケットの中を覗き込み、遠慮がちにパンの一つを掴んでいるところだ。


 もちろん、その掴んでいる手は人間のものなどではなく、黒くてもちもちのなにかである。

 泥のような体は相変わらず。にゅにゅっと伸びる体は、どこを取っても人間ではない。


 ――ありえないわ! だって、顔も体もないのよ!?


 と思いつつ、パンを千切る手が神様に伸びる。

 端っこをつまんで引っ張れば、神様が驚いたようにぷるんと震えた。

 そのまま私は、無心に――人間ではないことを確かめるように、神様の体を指で突く。


 ――そりゃあ、優しくて立派な神様だとは思っているわ。慰めてもらったし、それは嬉しかったけど……でも、それとこれとは話が違うじゃない!


「あ、あの……?」


 ――私としては、やっぱり相手は同じ人間がいいわけで……。いや聖女は神様の伴侶なのだけど。だけど! 他の神様はみんな人間と同じ姿じゃない!


 だけど神様はこの通り。

 つるんとした黒い塊である。

 たしかに人肌みたいにもちもちだけど、それはやっぱり人とは違うものだ。


 ――それに私、まだ結婚を諦めてないし! ここで好きになったらエリックと同じよ? 婚約者がいるのに、他の相手を好きになるってことよ?


 まあ、現在破棄され中なんだけど!


 ……でもそうなると、今は婚約者がない身で、浮気にはならないということだろうか。

 いやいや、だけど相手はキスどころか手をつなぐことさえできない身。

 手もない口もない、どうやってパンを食べているのかもよくわからない相手である。


 だけどもし、神様が人の姿だったなら――――?


 ――って! ないから! ありえないから!!


「あの――――エレノアさん?」


「ひょわあ!?」


 急に声をかけられて、口から出したこともない声が出る。

 心臓が止まるかと思った。


「か、かか神様、な、なんでしょう?」


 いろんな動揺で胸を押さえる私を見やり、神様は少し申し訳なさそうに震えた。


「すみません、考え事の最中に――少し、気になることがありまして」

「き、気になることですか……?」


 まさか、気になるくらい変な顔でもしていただろうか。

 というか、今どんな顔をしているだろうか。

 思わず自分の頬をぺちんと叩く私に対し――神様は、居住まいを正すように少し伸びた。


「――ええ。ここにいらしたときから感じていたのですが」


 神様の声は、浮足立つ私とは裏腹に、ひどくまじめだった。

 黒くつるんとした表面が、私を見据えるかのように揺れる。


「エレノアさんから、かすかに穢れの気配がするんです」

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