新居についての話し合い(3)
えっ。
の顔をしながら、私と神様は互いの顔を見つめ合う。
見つめ合うと言っても、艶っぽい雰囲気などではもちろんない。
神様の顔に浮かぶのは純粋な驚きで、たぶん私の顔にも同じ表情が浮かんでいる。
「…………増築しないと、私の住む場所がないですよね?」
「…………増築しなくとも、二人住むには十分な広さかと」
驚愕ののち、お互いおそるおそる口にした意見は、見事なまでの不一致をみせた。
私はぎゅっと眉間に皴を寄せ、思わず天を仰ぎ見る。
仰ぎ見ながら思い浮かべるのは、すっかり慣れ親しんだ神殿外れの神様の部屋だ。
ベッドと椅子とテーブル、大きめの飾り棚とソファ一つをどうにか詰め込んだあの部屋は、正直なところ今いる応接室よりさらに狭い。歩く隙間もないほど狭い――というわけではないけれど、さすがに二人で生活するのは無理があるとしか思えなかった。
――いえ、そもそも窮屈さ以前の問題では? たしかに神様と聖女は一緒に暮らすものだけど……。
部屋まで同じだったっけ? 同じ建物内で暮らす程度の意味ではなかったっけ?
という疑問が頭をよぎるけれど、それはさておき。
「いくらなんでも、窮屈すぎるのではないかと……」
とにかく今は、神様に『無理がある』ということをわかっていただかなければならない。
私は仰いだ頭を神様に向けると、きょとんとした神様に眉根を寄せたまま進言した。
「私が住むとなると、いろいろ物を増やさないといけませんし。でも、あの部屋にはこれ以上新しい家具を置く場所もないじゃないですか」
「……家具なら、もうありますよね?」
一方の神様は、きょとん顔を崩さない。
ぴんと来ない様子で首をひねり、考えるように息を吐く。
「椅子も二脚ありますし、ソファも二人掛けです。今までも、これで十分だったと思いますが……」
いやいやいやいやいや。
たしかに、今までは十分だった。いや十分というには狭いと常々思っていたけれど、それでも日々を過ごすことはできた。
だけど、一緒に暮らすとなるとそうはいかない。
そうはいかない重要な問題があるのだ。
「……………………私の寝る場所が、ないのですが」
椅子は二脚。ソファは二人掛け。
だけどあの部屋には、ベッドは一つしかない。
日中を過ごすことはできても、夜を越す手段がないのである。
「エレノアさんの、寝る場所」
なんとも言えず居心地が悪く、渋い顔で目を伏せる私に、神様がぽつりと繰り返す。
それから、瞬きを一つ二つするだけの少しの間。
ぽっかりと穴の開いたような沈黙のあとで、彼はやはりきょとんと、こう言った。
「ベッドは、二人で寝るだけの広さがあると思いますが」
「言うと思った!!!!」
その渋い顔を、私は両手で覆い隠す。
なんとなくわかっていた。こう言うだろうと思っていた。
なにせこの神様、今朝も当たり前のように私と一緒に寝ていたのだ。
何事もなかったけれど、何事もなかったけれど! そもそも男女が同じベッドで寝ること自体が『何事』以外のなにものでもない。
――は、恥じらいがなさすぎるわ! 神々はみんなこれが普通なの!? それとも神様が普通でないの!!??
しかも今、この場には神官たちもいる。
きっと彼らは、なにが楽しくて他人の寝所の話を聞かなきゃならないのかと思っていることだろう。私だって聞かせたいわけでは決してない。
だというのに、神様だけがけろりとしている。
「エレノアさんの持ち物を置くのでしたら、もともとあったものは好きにしてくださって構いません。私に必要なものはほとんどありませんし、棚を空ければ増えた物も収められるかと思います」
言いながら、神様は隣に座る私へと身を乗り出す。
顔を覆う手の隙間。鮮やかな金色の瞳が、私を見つけて瞬いた。
「もちろん、無理にとは言いません。私自身はエレノアさんとできるだけ一緒に過ごしたいと思っていますが……エレノアさんのお気持ちが一番ですから。エレノアさんのご希望を優先します」
どうでしょうか、と形の良い唇が言葉を紡ぐ。
思わず手を下ろして神様を見れば、彼はいかにも嬉しそうにはにかんだ。
その表情に、横で見ていた神官たちも息を呑む。
細められた目。ほのかに赤く色づいた頬。かすかに持ち上げられた口の端。
絶世の美貌に艶めくような笑みを浮かべ、神様は私の顔を覗き込む。
その表情は、神というよりはむしろ――――。
「エレノアさんは、お嫌ですか?」
いっそ、人を惑わす悪魔めいて見えた。
――――――わ。
一瞬、頭が真っ白になった気がした。
呼吸が止まり、瞬きも止まり、身じろぎ一つできないまま、私は魅入られたように神様を見つめ返す。
――わ、わわわ。
そのまま、時が止まったように一秒、二秒。
三秒が過ぎ、ようやく止まっていた思考が動き出す。
――わかってやってますよね、これ!!!!??
同時に、凍り付いていた体が一気に熱を取り戻した。
頭に血が上り、頬にも血が上り、心臓がとんでもない勢いで脈を打つ。
額にじんわり汗がにじむけど、拭うことはできない。
茹で上がった私の返事を、神様は今も至近距離で待っている。
――ず、ずるいわ! こんなの反則でしょう!!
天然ぽやぽやなんてとんでもない。
こんなの天然でもぽやぽやでもなく、乙女心を惑わす極悪人の所業である。
だいたい、聞き方があまりにもずるい。ずるすぎる。
「い、嫌かと言いますと……」
神様と同じ部屋、一つのベッドで暮らすことには、大いにためらいがある。
聖女は神の伴侶――とはいえ、それはさすがにいかがなものなのか。二人で生活するにはさすがに狭すぎるのではないか。いや、それ以前にそもそも、嫌とかそういう問題なのかと思わなくもないけれど。
――嫌か、嫌でないかと聞かれると……。
もう少し考える時間がほしいのに。気持ちの整理をさせてほしいのに。
神様の聞き方は、本当に本当にずるかった。
「嫌か、と、言いますと――――」
覚悟も決まらないまま、私はごにょごにょと口を開く。
ちらりと神様の悪魔めいた微笑みを窺い見、息を吐き――続く言葉を告げようと、息を吸ったときだ。
「――――ああ、はいはい。ちょっといいですかね」
不意に、横から声が割り込んでくる。
はっと声へと視線を向ければ、テーブルを挟んだ正面に座る神官たちが目に入った。
神官たちは三人。なんとも言えない顔で私と神様のやり取りを見ている二人をよそに、中央に座るひときわ巨体の神官が、致し方なさそうに片手を上げていた。
「発言をお許しください、グランヴェリテ様。ご住居の話ですがね」
「構いませんが……なんでしょう?」
巨体の神官ことレナルドの発言に、神様が小首を傾げて答える。
同時に悪魔的な色香も消えて、内心でほっと息を吐いたのはさておいて。
「もう一度よく考えてくださいませんか? クラディールと、本当に同じ部屋でいいのかどうか」
「…………はい?」
「いいですか、別室もなく同じ部屋ってことはですね――」
レナルドはちらりと私を横目で見ると、訝しげな神様に肩を竦めてみせた。
「四六時中、ずっと一緒ってことなんですよ。あのうるせえのと」
「は?」
と言ったのは私である。
我ながら、びっくりするほど低い声が出た。
「逃げ場がないんですよ。一人で物思いにふけりたいときも、ゆっくり考え事をしたいときも、たまに景色を見て、ぼんやりしたいときも。隣がうるせえから」
「は??」
「御身は静かなほうがお好みでしょう? でも朝っぱらからやかましいし、夜も落ち着くことはできませんよ。黙っていても存在がうるせえから」
「は?????????」
いやわかる。たぶんレナルドは、私の様子を見て助け舟を出してくれたのだ。
あの状態では、私は『嫌だ』とは答えられない。だけど同じ部屋で暮らすことに抵抗があるのは否定できず、ためらう私の内心を察してくれたのだろう。
温和な性格とは言え、神様は一応最高神。軽い気持ちで口を挟める相手ではない。
いかに物怖じしないレナルドでも、多少は気後れしただろう。致し方なさそうな表情からして、あまり関わりたくなかったのだろう。
それでも声を上げたことには、たしかに感謝するけれど。
――――――はぁああああああ!!!???
それはそれとして、あんまりな物言いではないだろうか。
まるで私が、四六時中やかましいみたいな!
「いや、私そんなにうるさくないわよ!? ですよね、神様!」
私だって、静かにするときはちゃんと口をつぐめる。場の空気を読んで大人しくするし、面倒なときは目立たないようにやりすごすことだってある。
黙っていても存在自体がうるさいなんてことは、断じてないのである。
「…………」
これには、神様も同意してくれるのは間違いない。
先ほどまで増築する理由もピンと来ていなかった神様のこと。四六時中一緒にいても、なんらやかましいとは思っていないに決まっている。
まさか、レナルドの言葉に一切の反論をしないなんて、断じて――――。
「…………」
……ないはずである。
無言のままの神様を見上げ、私は眉をひそめた。
「…………神様?」
「……………………」
横からの私の呼びかけに、神様は答えない。
レナルドへ顔を向けたまま、ただ無言でぱちりと瞬いた。
それから――――。
「か、神様…………」
「……………………………………………………」
彼は口をつぐんでふいと視線を逸らすと、それきり私と目を合わせようとしなかった。
神様!!!!!!!!!!
――――結局。
レナルドの説得が効いたのか、効いていないのか。
話し合いの末、神様の部屋の全面補修と、私の部屋と厨房と応接室の三部屋の増築が決定したことを、私は腑に落ちない気持ちで聞くことになったのである。
――――――――――――――――――――――――
神様はわかってやっていない……。
醜い神様コミカライズ1巻発売中です。よろしくお願いします!
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