33話

「なにを……って」


 レナルドの鋭い視線に、私は眉をひそめた。


 こいつ――というのは、ソワレ様のことだろう。

 私は反射的に、レナルドの腕の中のソワレ様に目を凝らした。


 暗闇の中ではよく見えないけれど、ぼんやりと浮かぶ影は人の形をしているように思う。

 神様みたいにどろりとも、ぷるんともしている様子はない。

 耳をすませば、かすかな吐息の音もする。

 怪我をしていないとは限らないけれど、少なくとも命に別状はないようだ。


 ひとまずの無事に、ほっと息を吐く――が。

 そのことと問い詰めるようなレナルドの言葉が、私の中でつながらない。


 ――無鉄砲に飛び込んだことを怒っているの? でも、『ソワレ様に』なにをしたかって聞いているわけだし……。


 褒められた行動ではないとはいえ、ソワレ様を傷つけようとしたわけではない。

 となると、レナルドが聞きたいのは、今回よりも前のことだろうか。

 でも、いったいなにをやらかしたのかと記憶をたどっても、心当たりらしきものは――。


「…………前に、頬を思いっきり引っ張ったことがあるわね」


 ある。手を出したことがある。

 ついでに口も出した。お子様神とまろやかに罵り、口喧嘩をして、最終的に威嚇をされてしまった。


 今から考えてみれば、神に対する聖女の態度として完全に失格である。

 というか聖女でなくても、罰当たりなことこの上ない。


 ――だってルフレ様に似ているから……生意気で、つい……!


 うっかりぽろっと礼儀を忘れてしまったのだ。

 たしかに失礼だったし、叱られても仕方のない行動だった。

 でも、今さらそれを責められるなんて――と逆恨みをする私に、レナルドはこの暗闇でもわかるほど大きく首を横に振る。

 暗すぎて輪郭しか見えていないのに、呆れかえっていることだけは、腹立たしくも理解できてしまう。


「お前、自分で気づいていないのか」

「気づく? なにを?」

「……いや、気づいていないならいい。そのあたりの話は、ここから出たあとで改めて聞かせてもらう」


 話――というと、やはりお説教だろうか。

 それともレナルドのことだから、『この穢れはお前らのせいだ』くらい言うのだろうか。


 ……と、ついいつもの癖で身構えてしまう私に、レナルドはおもむろに立ち上がった。

 暗い中、巨漢の動く気配にぎくりとする。

 一歩、二歩と近づき、体を固くする私の前で立ち止まると――。


「今は、礼だけを言っておく」


 彼はおもむろに頭を下げた。


「……は?」

「助かった。あいつが無事なのは、たぶんお前のおかげだ」

「…………」


 あいつ、と言って、レナルドはちらりと置いてきたソワレ様に振り返る。

 少しだけ暗闇に慣れてきた目が映す、その横顔に私は瞬いた。


 彼の横顔に浮かぶのは、呆れと苦さと――深い安堵。

 くしゃりと歪んだ目元に見える、今まで見せたことのないような優しい色に、思わず嘆息してしまう。


 ――やっぱり。


「あなたが、ソワレ様の『王子様』なのね」


 信じられなさと同時に、なぜだか妙な納得感を覚えながら、私は小さく呟いた。




 そのあと。

 うかつな私の口が、うっかり余計な一言を付け加える。


「…………その体型で」


 失言に気づくのは、いつも口にした後である。

 ただでさえ静かな地下に、凍るような静寂が満ちていく。


 ――言わなきゃよかった……!


 と思っても、もう遅い。

 ぽろりと漏らした本音に、優しく見えたレナルドの顔が見慣れた形に歪んでいく。


 にやり――いや、にちゃりとした、苛立ちを込めた笑みの形に。


「お前、本当に失礼な女だな?」


 うーん、この口!!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る