6話

『どうして……どうして私ばっかり!』

『殺してやる、殺してやる殺してやる殺してやる!』

『不幸になれ。俺以外、全員不幸になれ!!』


 頭の中に声が響き渡る。

 声とともに、強くて暗い感情が心に満ちる。


 誰かが憎い。

 誰かが恨めしい。

 自分だけが可愛い。


 黒くて暗い、どろどろとしたその感情は――神様のまとう、あの泥にそっくりだ。

 粘り気があって、絡みついて離れない。


『――お前だってそうだろう?』


 指先から這いより、掴んで、暗い感情の底に付き落とそうとする。


『お前だって――――誰かが憎いだろう?』


 暗闇の底から声がする。

 こっちへ来い、と誘っている。


 ――いや。


 暗闇の声に、頭の中が染まっていく。

 嫌だと思っても、止められない。

 他のことが考えられなくなる。


 ――私は、そんなこと。


 拒む心さえも薄れていく。

 指先に触れた泥に――どす黒い感情に、心が塗りつぶされそうになる。

 その、間際。



「――――――エレノアさん!!」



 反対側から、誰かの『手』が私を掴んだ。



◆◆◆



「――エレノアさん! 大丈夫ですか!」


 強く呼びかける声に、私ははっと目を覚ました。

 顔を上げれば、薄暗い神様の部屋の中だ。

 若干カビたソファの上に、私は横たわっていた。


 少しの間、状況が理解できずに瞬きをする。


 ――ええと……私、神様の黒い汚れに触って……。


 それから、なにかすごく嫌な感情が流れ込んできた。

 具体的なことは思い出せないけれど、吐き気がするほどに強いあの感情は、今も頭から離れない。

 暗く、冷たく、どす黒いなにか。


 その感情に呑み込まれる寸前で、誰かが私の腕を掴んだ。

 たぶん――男の人の手だった……と思う。

 私を引っ張り上げてくれた、力強くて優しい、手。


「……夢?」

「夢ではない」


 私の独り言に、間髪入れずに誰かが答えた。

 神様の声ではない。

 驚いて飛び起きれば、ソファの傍に神様と――――息を呑むほどの美貌の男性が立っていた。


「アドラシオン様!? どうしてここに!」

「たまたま様子を見に来ただけだ」


 感情のない声でそう言うと、彼は私の指先を一瞥した。

 指の先には、まだ泥のような汚れが付いている。

 だけどさっきまでとは違い、もう粘りつくことはない。

 乾いた泥のように砕け、指から剥がれ落ちていく。


「――穢れに触れたな、人の娘。御前が助けなければ、そのまま穢れに堕ちていたところだ」

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