5話
――で。
質素すぎる食事を終えた後は大掃除だ。
昨日のうちに目に付く埃は払っておいたが、やるべきことはまだまだある。
朽ちた家具。すすけた暖炉。曇った窓ガラス。
床にじゅうたんはなく、石の床が丸見えだ。
埃を払ったぶんだけ、床に残る汚れが良く目立つ。
改めて見回しても、神様の部屋は広くない。
伯爵家の私の部屋よりも狭いくらいで、神様の住処としては信じられないくらいに窮屈である。
――最高神様は、宮殿みたいな場所に住んでいるのにね。
序列二位のアドラシオン様は、その近くのもう少し小さな建物を丸ごと与えられている。
三位、四位と少しずつ建物が小さくなり、さらに下の神様は、同じ建物の中に暮らしている。
ちなみに私の神様は、その神々の住まう建物にも入れてはもらえない。
神殿の端の端。ほとんど小屋みたいな場所が、彼の住処なのである。
この小屋は、他の神々の建物の影にあり、いつも日陰になっている。
朝の一瞬だけは日が差すけれど、それ以降はずっと薄暗いのだ。
――格差社会にもほどがあるわ。
貴族の私が言えたことじゃないけど。
――人々の平等を訴える神殿なんだから、もう少しこう……!
神様も平等に扱えないものかしら!
と怒りを込め、私はぎゅっと雑巾を絞る。
ドレスは、どうせ汚れるからと安物を選んできたので気にしない。
むしろ次からは、男の人が着るようなズボンにしてもいいかもしれない。
もちろん、神殿内にズボンなんて持ってきてはいないので、父に手紙を書いていろいろ物資を送ってもらおう。
あれこれ融通が利くところだけは、伯爵家の生まれであることに感謝しなければいけない。
本来ならば、『聖女は身一つで神に仕えるもの』らしいけど、ここまで待遇に差があるのなら、知ったことかという気分だ。
だいたい身一つと言いながら、最高神の聖女には山ほどメイドが付いていることも知っている。
こっちは、実家からメイド一人連れてくることも拒否されたというのに。
――だったら、金の力でなんとかするわよ! どうせ私じゃなくて、お父様のお金だもの!
さっさと代役の件を解消してくれなきゃ、実家の資金を使い潰してやるわ!――と内心で邪悪なことを考えつつ、私は固く絞った雑巾を握りしめる。
「神様! 今日も掃除をしますから端に寄ってください!」
気合を込めてそう言うと、私は神様を端っこへ追い立てた。
が――――。
ねちょねちょの神様を移動させたのは失敗だった。
神様の動いた後に、黒いどろどろの跡が残る。
――しまったわ。余計に汚れが……! というかこの汚れ、そもそもなんなのかしら。
泥――と言いたいところだけど、それにしては黒すぎる。
嫌な臭いもするけれど、それがなんの臭いなのかもわからない。
神様の体液――だったら嫌だなあ、と思いつつ、私はそっとその場に屈みこみ、我ながら勇敢にも手を伸ばした。
伸ばしてしまった。
「――いけません!」
触れる寸前、神様が慌てたように声を上げるのが聞こえた。
だけど手遅れだ。
黒いものが私の指の先に触れてしまった。
――教訓。得体の知れないものに、うかつに触れてはいけない。
そんなことを思う間もなく、触れた瞬間に、痛みにも似た衝撃が体に走った。
指先からのぼる衝撃は、腕を伝い、体を這い――。
頭の中を、真っ黒に染め上げていく。
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