14話 ※聖女視点

「――いやはや、まったくもって腹立たしい! 王家の連中にはたまりませんな!」


 今より数刻前。

 場所は、最高神グランヴェリテの屋敷の応接室。

 最高神に相応しい豪奢な部屋の中で、でっぷりと太った神官が声を張り上げた。


「ちょっと穢れが出たからと言って、神殿に疑いを向けるなど! 神々の威光を疑うに等しき事です! 最高神の寵愛を受けたアマルダ様がいる限り、神々の加護は絶えるはずがありません! あなたのためにこそ神々は力をふるうというのに、王家といえども不敬極まりありませんな!」


「もう、レナルド様ったら、寵愛だなんて……」


 応接室の中でも、最も上等なソファの上。

 いつものように若い神官たちに囲まれていたアマルダは、太った神官――レナルドの言葉に、かすかに頬を染めた。


「いつも大げさなんだから。困るわ」


 たしかに、アマルダが最高神に選ばれた、唯一無二の聖女であることは事実。

 主人たる神の姿さえ見ることのできない聖女が多い中、本当の意味で神に仕えることのできる、数少ない『神の聖女』でもある。


 最高神から大切にされている自覚もある。

 彼はほとんど無表情で口数も少ないが――こうして、屋敷で神官たちと話をしても、アマルダを咎めはしない。


 神官とはいえ、相手は若い男たちだ。

 嫉妬深い相手ならいかにも咎めそうな状況だが、何も言われないあたりに、アマルダは最高神からの強い信頼を感じていた。


 ――グランヴェリテ様も、私の気持ちわかってくださっているんだわ。神官様たち、毎日のように来てくださるんですもの。いろいろ心配してくださるのは嬉しいけど……困るわ。


 この神官たちは、もちろんアマルダが呼び寄せたわけではない。

 最高神の聖女になにかあっては大変だ――ということで、若い神官たちがかわるがわる押しかけてくるだけだ。

 アマルダ自身が囲まれることを望んだのではなく、この状況は単なる結果である。


 ――だって、親切を無下にはできないもの。


 せっかく来てくれた相手を追い返すことはできない。

 そんなアマルダの気持ちを、最高神は汲んでくれているのだろう。

 無口な彼の愛情だと思うと、悪い気はしなかった。


 だけど、いくら愛されていることが事実だとしても、大声で言われては居心地が悪いもの。

 アマルダは落ち着かずに目を伏せると、小さく頭を振った。


「私のために加護があるなんて……。私はただ、グランヴェリテ様に一生懸命お仕えしているだけなのよ。あの方が力を奮いやすいように、お手伝いさせていただいているだけなんだから」


「おお……!」


 アマルダの言葉に、レナルドが感極まったように声を上げた。


「なんと謙虚な……お優しく心清らかで、これこそ真の聖女というものですな!」


 彼が震える声でそう言えば、周囲の神官も頷き合う。


「ええ、ええ、レナルド様のおっしゃる通り! アマルダ様ほど素晴らしい聖女は、過去にさかのぼってもおられません!」

「アマルダ様がいるというのに、神殿に間違いがあるはずはありません! どうにかして、このことを王家にわからせるしかありませんね!」

「やはりここは、聖女としての威光を示すべき場を用意するべきでは? 神殿を挙げての祝祭を開いて、アマルダ様のすばらしさを広く知らしめるのです! グランヴェリテ様の加護を一身に受けたアマルダ様のお姿を見れば、王家の連中も目を覚ますでしょう!」


 レナルドに先を越されるかとでも思ったのか、神官たちは口々にアマルダを称賛する。

 競い合うような彼らの賛辞に、アマルダは苦く笑う。


 ――困るわ。私はグランヴェリテ様の聖女なのに。


 どれほど言葉を与えられても、最高神の聖女であるアマルダは彼らにとっての高嶺の花。

 決して掴むことのできない天上の存在なのである。

 それでもなお、競い合うようにアマルダを褒めちぎる神官たちに、アマルダは知らず目を細めた。


 蔑みたいわけではない。馬鹿にしているわけでもない。

 ただ悪意なく、無意識の笑みが口に浮かんだとき――。


 不意に、応接室の扉が叩かれた。

 いまだ、アマルダを称える言葉で埋め尽くされた部屋の中。

 扉の外から、屋敷に仕えるメイドの声が、遠慮がちに聞こえてくる。


「アマルダ様。セルヴァン伯爵家のご長男の、エリック様という方が訪ねておいでです。至急、お話ししたいことがあるとのことですが――」


 ――エリック?


 微笑みを浮かべたまま、アマルダは瞬いた。

 メイドが告げたのは、予想もしていなかった名前だ。

 エリック・セルヴァン伯爵令息……。


 ――って、誰だっけ?

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