12話
――聖女を、選んでいない……?
ルフレ様の言葉を、瞬時に理解することができない。
信じられない気持ちで彼の顔を眺めながら、私は知らず、ぽつりとこうつぶやいていた。
「でも、聖女は神託で決まるはずじゃ……」
神託は、神殿の神官たちに下される神の宣告だ。
アドラシオン様も言っていたけれど、本来神様は、自分の聖女以外の人間に直接手を貸してはいけない。
これは、この国における神々と人間の間の、一種の線引きだった。
神が人間に肩入れしすぎず、人間が神に支配されすぎないためのルールは、建国神話の中で、グランヴェリテ様が定められたものだ。
だからこそ、聖女という存在は力を持つ。
神の助言を聞き、加護として神の力を分け与えられ、神の代わりに人々を救うのが、聖女なのだ。
だけど、それでは聖女を持たない神々が不自由する。
聖女は神にとっても特別な存在。誰でもいいと言うわけではないので――聖女がいない神も、少なからず存在する。
そんな神々の声を届けるのが神託なのだ。
聖女を介さずに伝える言葉は、それだけ必要に迫られている場合が多い。
ゆえに神託は、聖女の言葉以上に重要視され、人々の信頼も強いものだった。
――はずなのに。
「お前みたいなやつばっかりじゃ、神殿もやりやすいだろうな」
目の前の少年神は、外見に似つかわしくない皮肉な笑みを浮かべた。
「神託の中身を、誰が確かめた? 嘘を吐いたところで、誰がそれを見抜くことができる?」
「まさか……嘘でしょう……?」
「嘘なもんか。この神殿に、本物の聖女なんてほとんどいねーよ。ま、それなりに上手くやっている連中もいるけど」
頭の後ろで手を組み、ルフレ様は「はは」と乾いた笑い声をあげる。
遠くでは、まだ彼を探す少女の声が聞こえていた。
「ちゃんと自分で選んだ、本当の意味での聖女がいるのは、アドラシオン様くらいなもんじゃないか。あとはみんな、どこの誰とも知れない奴ばっかだよ」
笑いながらも、彼の声ににじむ嫌悪感は明らかだった。
外の少女に対して、彼はわずかな好感さえも抱いていない。
そのことを、少し話しただけでも思い知らされる。
――で、でも……!
「それなら、どうしてそのままにしているんですか? 普通なら、偽りの聖女は罰を与えられたりするんじゃ……」
「罰ねえ。……いつも思うけど、人間って傲慢だよな」
「……はい?」
――傲慢……?
意図がわからずルフレ様を見上げれば、彼もまた、鋭い瞳で私を見下ろしていた。
その瞳の色に、ぞくりとする。
こちらを見ているのに、彼は私を見ていない。
個人ではなく、『人間』を見やる、冷たく偉大な『神』の目だ。
「どうして俺が、人間のためにそんなことをしてやらないといけないんだ」
「人間の……ため……?」
「『罰』は人を正すための行為だ。昔ならともかく、今の連中のためになにかしてやる気はない。――もう興味がないんだよ、単純に」
――興味。
頭の中で、私はルフレ様の言葉を繰り返す。
この国は、神々に特別に愛された国だと聞いていた。
世界には多くの国があるけれど、これほどの神が集まる国は他にない。
神々に守護された国は豊かで、魔物は少なく大きな災害もない。
人々は神を敬い、神々は人を愛し守る。
この事実は、建国時から未来永劫、変わらないのだ、と。
「なにもしなくても、いつまでも構ってもらえると思うなんて、どこから出てくるんだよその自信。俺はもう聖女も選んでないし、加護も分けていない。神殿に暮らしてもいねーよ。……ま、こうしてたまに様子を見には来るけど」
居竦んだように、私は動けない。
――神殿に神がいない。
それも、序列三位の光の神。
国を照らす象徴のようなお方が、離れてしまっている。
――いつから? じゃあ、今まで祭事で神殿が見せて来た、ルフレ様の加護や御業はなんだったの……?
信じられない。ルフレ様の口からきいた言葉だというのに、事実を受け止めきれない。
息を呑んだまま立ち尽くす私を見て、ルフレ様は口を曲げた。
「人間がどうなろうが、知ったこっちゃない。俺はアドラシオン様ほど人間に優しくもないし、あのお方ほど人間に厳しくもないんだ」
――優しくも、厳しくもない。
突き放すようなその響きに、私はなにも言えずに目を伏せた。
だけど、神殿の現状を聞いてしまった今――ルフレ様の考えも分かる気がしてしまう。
――見放されているんだわ。
今の神殿に、ルフレ様は守る価値を見出していないのだ。
いつまでも人間たちを見守り、憂う神ばかりではない。
すべての神々が、アドラシオン様ほど優しくも、あのお方……神様ほど、厳しくも――。
……ん?
「ま、そういうこと。今日も単に、あのお方の――」
「ま、待って、待ってください!」
話を切り上げようと伸びをするルフレ様に、私は反射的にそう声をかける。
ルフレ様が嫌そうな顔をしたけれど、一度気になると言わずにはいられなかった。
アドラシオン様が優しくない、と言うつもりはないけども――。
「それ、逆じゃないですか!?」
人々の穢れを引き受ける神様の事情を知ってしまった今、あれほど優しい神様はいないと思う。
なにか誤解していらっしゃるのでは――とついつい口を挟んでしまった私を、ルフレ様は咎めなかった。
代わりに、先ほどまでの冷たいまでの威圧感を消し――。
「気にするの、そこかよ!」
ブハッ! と愉快そうに噴き出した。
いやだって、気になるじゃないですか!
厳しいイメージ、ぜんぜんありませんよ!?
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