千年の恋と愚か者ども(1)

8/30(金)本日、醜い神様の書籍4巻が発売されました!

完結巻となる4巻をどうぞよろしくお願いします!!


番外編は本編完結後、アドラシオンとリディアーヌの決着の話です。

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 彼女が記憶を失っていると知ったとき、最初に抱いた感情は、たぶん『安堵』だった。

 生まれ変わって、顔を合わせて、初めて見るような顔でを見た彼女に、内心でほっとしていた。


 ああ、これで彼女を解放してやれる。

 己の執着で搦め捕った楔から、人の身には重すぎる神の愛から、逃れえぬ過酷な運命の巻き添えから。

 長い長い苦しみの連鎖から、ようやく彼女は逃げ出すことができたのだ――と。




 思えば、穏やかに過ぎた生など一度としてなかった。

 千年前に神性を捨てたときから、この魂は永遠の牢獄に囚われた。


 滅びに向かう時代に生まれ、救えぬ人間たちの終末をわずかに遅らせ、再び眠りにつくだけの生。生まれるたびに目にするのは、いつも人間の破滅的な愚かさと、手遅れになってからの後悔と、最後まで見苦しい自己保身ばかりだ。

 かつての生では理想高く正義を掲げ、ともに戦った仲間たちの末裔が、生まれ変わった新しい生では欲望に塗れ弱者から搾取する存在になり果てる。

 どこかの生では国を支える柱として作り上げた組織が、次に見たときには腐敗して国を傾けている。

 そのたびに、同じことの繰り返し。新たな仲間を探し、組織を作り、これまでの生で積み上げたものを崩していく。


 虚しくないかと言われたら、当然のように肯定する。

 虚しい。俺はいったい、なにをやっているのだろう。


 いや。


 こんなもののために、どうして彼女を巻き込んでいるのだろう――の方が正解か。


 ――いいんだ、俺は。


 元は神であるからか、気は長い。

 人の身になってからの千年は確かに長く感じるものの、もっとずっと長い時を知っている。


 それに、自分にはやらなければならない理由がある。

 この地で出会った、どうしようもなく愛した、永遠を捧げられる相手がいる。


 彼女のためであれば、苦痛などいくらでも呑み込めた。ここで彼女が生きていくためであれば、どれほど虚しさを感じても構わなかった。

 幾度生まれ変わっても、この感情は色あせない。彼女が愛し、彼女が生き、彼女が守りたいと望んだ土地であればこそ、神性を捨て、人に成り果て、母に見捨てられたいびつな大地を守り続けられる。

 この運命は、自分で選び取ったものだ。

 だからこそ、終わりのなさも虚しさも知りながら、それでもいいと受け入れられた。


 でも、彼女は違うはずだ。


 彼女は神ならざる人間の娘。

 本来であれば一度きりで終わるはずの生を、神によって歪められた。ただ巻き込まれ、運命を背負わされただけの存在だ。


 ――……俺のせいで。


 後悔があるとしたら、それだけだ。


 幸福を守りたいと思っていた当の彼女は、いつも自分の巻き添えで、辛く険しい道を歩かされていた。

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