失敗も過ぎれば笑い話となる(5)

 神様はもう駄目だった。

 もはや原形を留めないレベルで駄目だった。


 笑いすぎて過呼吸を起こし、ぴくぴくと痙攣する黒い塊となっていた。


 こうなると、引っ張っても突いても揉んでもどうしようもない。

 びろんびろんに伸ばしても笑い続ける神様に、顔から火を噴きながら神様をこねくり回す私。

 時間はひたすら不毛に過ぎていき――――。




「――――わ、笑い疲れた……」


 互いの体力が底をついたあたりで、ようやく少し冷静さが戻って来た。


 時刻はおそらく正午過ぎ。朝のちょっとした散歩のつもりが、結構な時間である。

 なんとも疲れたしお腹も空いた。日差しのおかげで、ずぶ濡れの服も少し乾いてきた。


 ちなみに、魚はもういない。全身確認済みである。

 髪の中に紛れてもいない。服の間に入り込んでもいない。なんか頭でぴちぴちしたものがあるなあなんて感覚もない。


 それでも念のため、もう一度髪を撫でて確認すると、私は深いため息をついた。


「お昼の時間ですし、帰りますか…………」

「そうですね…………」


 隣の神様も、私の言葉に素直に頷く。

 声に力がないのは、自分で言った通りに笑い疲れたからだろう。体つきもまだ締まりがなく、『ぷるん』というより『ふよん』という感じだ。


 そんなふよふよの神様と、私は並んで歩きだす。

 川辺を離れ、足を向けるのは神様の住む小屋だ。木立の下を歩く私たちの上を、空を飛ぶ鳥の影が横切っていく。


「お昼、なにか食べたいものありますか?」

「私はなんでも。……ああ、でも、リディアーヌさんからいただいた果物は早く食べないといけませんね」

「そろそろ暑いから、パンも早めに食べた方がいいかもですね。今日は食堂に行かないで、リディからもらったもので済ませますか」

「そうですね。今から食堂に行かれると、遅くなってしまうでしょうし」


 風が流れて、木々が揺れる。

 水のせせらぎの音は遠ざかり、次第に聞こえなくなっていく。

 初夏の日差しは思いのほか強く、だけど木漏れ日が和らげてくれる。


 ゆっくり歩く私の横を、神様がもちもちと進む。少し元気が出てきたのか、いつもの弾力が戻っていた。

 歩きながら何気なく神様を眺めていれば、神様も気づいたように顔を上げる――ようなしぐさをする。

 なんとなく、顔を見合わせるような感覚。あまり深くは考えず、私は彼へとこう告げた。


「…………また来ますか?」

「そうですね」


 彼もまた、あまり考えた様子もなく答える。

 また次。また今度。いつか近いうちに、もう一度この場所に来よう。そして、今度こそ穏やかな日を過ごそう。


 こりごり、なんて言うつもりはない。

 今日はさんざんでも、失敗も過ぎれば笑い話だ。きっといずれは、こんな日があったと笑えるようにな――――。


「でも、次は――ふ、ふふっ、さ、魚は……ふっ、ふふっ」


 もうなってる。


 どうやら思い出し笑いをしてしまったらしい。再び弾力を失い崩れていく神様に、隣に立つ私もまた目を細めた。

 また次。また今度。彼と穏やかな日を過ごそう――なんて考えていたことは、もう頭から消えていた。


 また次なんて知るものか。現在は現在である。

 穏やかならざる一日を過ごしてしまったからには、最後はやっぱりこうなるわけで――。


「ふふっ、魚はもうやめにしま――――…………エレノアさん?」


 なにやら不穏な気配を察し、笑いを止めてももう遅い。

 私は『わしっ』と手を力ませると、いつもよりも緩んだ彼の体へと再び手を伸ばした。


「かーみーさーまー!!!!!」

「え、エレノアさん、なにを――――」


 問答無用!!

 今度こそ思いきり揉みしだけば、閑静な水辺に哀れな神様の悲鳴が響き渡った。




(終わり)



――――――――――――――――――――――――

8/16にコミックス2巻発売。

8/30に完結巻となる小説4巻が発売されます。

どうぞよろしくお願いします~~~!!!!

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