12話

「はー!? 人のメシをたかりに来るとか、お前プライドないのかよ!!」

「それ、ルフレ様もまったく同じこと言えますよね! 神殿で居場所がないからって、アドラシオン様の屋敷にいるなんて、それって単なる居候ですよね!?」

「いいだろ別に! 他の神だってやってることだし! 部屋なんていくらでも余ってんだし! メシもいくらでもあるし!」

「食事どころか部屋までたかるって、私よりタチ悪いじゃないですか!!」


 食堂から場所を移して、応接室。

 リディアーヌの淹れた紅茶を片手に、私はルフレ様と言い争っていた。


 彼が序列三位の神だ、ということは、現在すっかり忘れている。

 同レベルの醜い争いに、リディアーヌは知らん顔だ。

 優雅に紅茶を飲む彼女の横、私はルフレ様とにらみ合う。


「だいたいあなた、ご自分の立派な屋敷があるでしょう! そっちに戻ってくださいよ!」

「絶対やだね! ここはアドラシオン様の神気があるから、俺の気配がごまかせるんだよ! じゃなかったら、またあの女に追われるだろ!」


 ルフレ様は、ぞっとした怯えた様子で肩を抱いた。

 どうやら彼の話によると、アドラシオン様の気配に満ちたこの屋敷は、他の神々の避難所になっているらしい。

 聖女と相性の悪い神や、普段は神殿を離れていて、あまり姿を見られたくない神。何らかの事情で顔を出せない神様など、ルフレ様以外にも『お客様』は多いらしい。


 まあ、ルフレ様の話によると、現在の神殿の状況では無理もない。

 あまり人と関わりたくない神様が増えてしまっているのだろうなあ――と神妙な気持ちになってしまうけれど、それはそれ。

 こっちとしては、ルフレ様にはむしろ積極的に関わっていただきたいのである。


「あなたの聖女のせいで、こっちはひどい目に遭ったんですよ! 責任もって追われてください!」

「俺の聖女じゃないって言ってるだろ! もう関わりたくねーんだよ!」


 けっ! と吐き出すと、ルフレ様はリディアーヌの用意したタルトに荒々しくフォークを突き立てる。

 同じく私も、怒り任せにタルトを口にし――。


「わ! 美味しい!」


 一瞬、怒りも忘れて口元を押さえた。

 甘いけど甘すぎず、果実の酸味が心地良い。

 タルトの生地はざっくりとした歯触りなのに、口に入れるとほろほろと崩れていく。

 まるで溶けるような美味しさに、思わず感嘆の息が漏れた。


「こんな美味しいタルト、はじめてだわ……!」

「そ、そうかしら?」


 と答えたのは、喧嘩する私たちをよそに、澄まして紅茶を飲んでいたリディアーヌだ。


「べ、別にたいした品ではありませんことよ。そ、そんなものを美味しいなんて……」


 そんなことをごにょごにょ言いつつ、タルトを食べる私たちを、横目でちらちら見やっている。

 そのくせ、目が合うとさっと避ける、この態度はもしかして――――。


「ほんと素直じゃねーよなあ。自分が作ったって言えばいいのに」

「やっぱり!」

「遅くまで働くアドラシオン様に甘いものを差し入れするために、ずーっと練習してたんだよなあ。でもあの方、鈍いから気付かなくて」

「リディアーヌもどうせ自分で言わないだろうから、知らないままなのね!」


 きっと味の感想も、彼女の性格では聞くことはできなかったのだろう。

 だから私たちがどう反応するのか気になって仕方がなかった――とまあ、こういうことに違いない。


 ――なるほどなるほど。 


 さっきまでいがみ合っていたことも忘れ、私はルフレ様と頷き合う。

 そのまま二人でリディアーヌを見やれば、彼女は無言のまま唇を噛みしめた。

 視線は逃げるように周囲をさまよい、手は所在無く上下し――しかし、結局、耐え切れなかったらしい。

 ぐっと両手を握りしめ、私たちを睨みつけた。


「な――なによ! 文句があって!? だいたい、あなたたちが顔見知りだったなんて聞いていませんわ!」

「だって言ってないもの」

「言ってないからな」

「どうしてこういうときばっかり息が合ってるんですの! もう!!」


 そう顔を赤くして叫んだのと、応接室の扉が開いたのは、ほとんど同時だった。

 全員の視線が、一斉に扉へ向かう。


「――――あ」


 と最初に声を上げたのはリディアーヌだ。


「あ、アドラシオン様……! これは……!」


 表情を取り繕うとでも言うのか、慌てて顔をしかめるリディアーヌの視線の先。

 立っているのは、この屋敷の主人である。


 燃えるような赤い髪。作り物めいた端正な顔立ち。

 人間らしい表情の一切ないはずのアドラシオン様が――――。


「……驚いた」


 部屋の中の光景に、少し戸惑った様子で瞬いている。


「リディアーヌが客を連れてくるなど珍しいと思ったが――」


 言いながら、彼は順に部屋にいる私たちを見る。

 タルトを手に、リディアーヌをからかう私、はやし立てるルフレ様。

 それから、照れくささを誤魔化して、渋い顔をするリディアーヌを見やり、彼はそのまま――ごく自然に、口元に小さな笑みを浮かべた。


「まさか、あのお方の聖女だったとは。友人になったのか、リディ?」


 冷徹、厳格、容赦のない性格で、同じ神々からも恐れられているはずの神は、そう言ってリディアーヌに優しく微笑みかけた。




 が。


「友人なんかじゃありませんわ! 勝手に勘違いなさらないで!」


 当のリディアーヌはアドラシオン様から顔を逸らし、今日一番にツンとした態度で突き放した。


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