5話

「突然こんなことを言ってすみません。ですが、どうしてもあなたのことが気になって」


 は?


「話をさせていただけないでしょうか。少し……いえ、できればしばらく。あなたの話を聞いてみたいんです」


 は????


「あなたの人となりを知りたいんです。あなたがどんな方なのか、知りたいんです。どうか、私にあなたのことを教えていただけませんか?」


 はあああああああ!!!??


「神様! なにを言っているんです!? 本気ですか!?」


 今までにない積極さでアマルダに詰め寄る神様に、私は声を荒げてしまった。

 よろめき、転びかけた体を自力で立て直し、知らず強張る顔を神様に向ける。


 ――別に、手を貸してほしかったわけじゃないし!


 押しのけられても、別に自分で踏ん張れるし。

 アマルダみたいにやわじゃないし!


 ――それよりも、神様の言った内容の方が問題よ!


「こんな状況ですよ!? アマルダは神様を捕まえに来たんですよ!?」


 それどころか、処理だの滅ぼすだのとまで言っていたはずだ。

 しかも隣には、拳を受け止められたまま無視され、怒りに真っ赤になったマティアスもいる。

 アマルダの取り巻きである神官たちの目もある。

 代理とはいえ、仮にも聖女である私もいるのだ。


 おまけに、ついさっきまでは一触即発の空気。

 というよりも、マティアスはすでに爆発して、拳まで振り上げていた。

 その空気の中でのこの発言は、場違いなんてレベルではない!


「それなのに、アマルダと話がしたいって! どんな方なのか知りたいって! それじゃまるで――」


 口説き文句みたいだ――とは、言えなかった。

 反射的に言葉を呑む私に、神様がようやく視線を向ける。


 その表情は、相変わらず優しく、どこか申し訳なさそうでもある――けど。


「ああ、エレノアさん。……ええと、すみません。もしかして押しのけてしまいましたか?」


 ――私がいたことに、気づいてもいなかったの……!?


「お怪我がなくてよかったです。それで、ええと……」

「……アマルダと話をするって、本気かどうか聞いていたんですけど」

「ああ、そう。そうでしたね」


 神様は思い出したように頷くと、気まずそうに少し笑った。

 マティアスの拳は、いつの間にか手離していたらしい。

 まだ騒ぐマティアスが神官たちに取り押さえられる横で、彼はちらりとアマルダを見やる。


 いや。

 ちらりと見られているのは私の方だ。

 神様はアマルダに顔を向けたまま。私には、視線しか向けてくれていない。


「すみません、エレノアさん。これから話し合いの予定もあるのに、勝手なことを言って」


 ですが、と続ける神様の声には、これまで聞いたことのない熱がある。

 私に気を使いながらも、決して曲げられないだろう強い意思が見える。


「どうしても、今はアマルダさんのことを知りたいんです。そうしないといけない気がするんです」

「神様……」

「忘れていた、大切なことを思い出せる気がするんです。だから――」


 切実ささえ滲む神様の言葉に、私はなにも言えなかった。

 なにか返事を吐き出そうにも、開いた口からは声にならない息だけが漏れる。


 ――そんな顔、見たことないわ。


 私には、そんな気が急いたような顔をしてくれたことはなかった。

 話している間も気になって仕方がないような、落ち着かない表情を私に見せたことはなかった。


「――ねえ、ノアちゃん」


 立ち尽くす私に向けて、神様越しにアマルダが呼び掛ける。

 甘さを含んだ声に、私はのろのろと顔を上げた。


「私は構わないわ。はじめからクレイル様とお話ししたいと思っていたのだし――」


 神様の影に隠れたアマルダの顔が見える。

 頬に手を当て、眉根を寄せ、アマルダは困ったように小首を傾げた。


「ノアちゃんには悪いと思うけど、クレイル様ご自身が私と話したいっておっしゃっているんだもの。こんなに一生懸命にお願いされたら、無視なんてかわいそうなことできないわ」


 その表情が、かすかに形を変える。

 仕方がないと言うように、少し迷惑そうに――。


 それでいて、いかにも気の毒そうに、アマルダは私を見て苦笑した。


「ごめんね、ノアちゃん」

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