6話

「……神様」


 ひやりと冷え込んだ空気に、私は無意識に身震いした。

 肩を縮めてそっと神様を窺い見れば、彼もまた私を見つめている。

 目が合うとはにかんだように微笑み、どうしたのかとでもいうように小首を傾げた。


「なんでしょうか、エレノアさん?」


 そう言って目を細める彼からは、先ほどの冷たさが嘘のように消えていた。

 相も変わらずぽやっとした様子で、にこにこと私を見つめる彼の姿に、幻でも見ている気になってしまう。

 だけど――幻なんかじゃない。

 今だって私は、彼の底知れない神気を肌で感じているのだ。


「神様は――なんの神様なんですか?」


 私はぐっと紅茶のカップを握りしめ、神様にそう尋ねる。

 神殿が言うような、泥沼に住んでいただけの無能神とは、もうとても思えなかった。

 だけどそうなると――彼はいったい何者なのだろう。


 ――建国神話に出てこない神様? 神殿も知らない神様? ……それとも。


 いつか、ルフレ様が言っていた。

 この神殿の神のうち、誰かが偽物かもしれない――と。


 ――ただの神様とは思えないわ。アドラシオン様が屋敷を明け渡そうとするくらいだもの……!


 兄神であるグランヴェリテ様にしか膝をつかないはずの彼が、そこまでする相手だ。

 よほど特殊な事情を抱えているに違いない。

 絶対に何かあるはずだ! ――と意気込む私の目の前。


「……なんの、ですか?」


 前のめりな私とは対照的に、神様はきょとんとしていた。

 傾げた首をさらに傾げ、少しの間瞬き――それから。


「なんの神なんでしょう、私」


 力んだ体も脱力するほどに、ゆるんとした答えを返してきた。


「…………はい?」

「よくわからないんです、自分でも。姿は変わりましたが、記憶が戻ったわけではないようで」


 笑みを崩さず――だけど申し訳なさそうに肩をすくめる神様に、私の方こそ瞬いてしまった。

 ……記憶が戻っていない?


「穢れもまだ、体の中に残っています。それで、どうしてこの姿になったのかは、自分でもよくわからなくて。……だから、あまり自覚がないんです」


 困ったようにそう言ってから、彼は小さく首を横に振る。

 それから、戸惑う私に改めて視線を向けて、「でも」と口元をほころばせた。


「嬉しいんです、この姿になることができて」


 私を見つめる金の瞳は、言葉以上に嬉しそうに揺れている。

 日の差しこまない部屋の中でも、彼の目は柔らかな陽光のようだ。

 見つめられると温かくて、どこかほっとして――。


「これでやっと、エレノアさんと目線を合わせて話をできるんですから」


 それでいて、まっすぐに見ていられない。

 眩しいくらいの彼の笑みに、私は「ぐっ」と口ごもる。


 ――ぐぐぐ……。


 思えばそう。この話の間中、彼は私を見つめ続けてていた。

 視線が合うとはにかむように目を細め、嬉しそうに瞬いて、口元はずっと笑みを浮かべていた。


 ――ぐ。


 そわそわと落ち着かない私さえも、にこにこしながら見つめる神様に、言おうとしていた言葉も忘れてしまう。

 彼に感じた冷たさも疑問も今だけは頭から抜け落ち――代わりに思考を占めるのは、神様への逆恨みだ。


 ――ずるいわ、神様……!


 そういう言い方をされたら、なにも言えなくなってしまう。

 照れくさくて、気恥ずかしくて、なぜだか熱い頬を誤魔化すために目を逸らせば――神様は、しゅんと寂しげに肩を落とした。

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