7話

『いくら神殿内とはいえ、夜道では危ないこともあるでしょう。今日は泊っていきませんか?』


 などという天然ぽやぽや無自覚神の無自覚すきる誘いを丁重に断り、部屋を辞したあと。

 私はすっかり日の暮れた神殿内を、宿舎に向けて重い足取りで歩いていた。


 ――結局。


 夏にしては冷たい夜風を受けながら、私は内心で唇を噛む。

 部屋で話した内容を思い出し、出てくるのは苦々しいため息だ。


 ――なにもわからなかったわ。姿が変わった理由も、神気のことも。


 あれからいろいろと話をしたけど、わかったのは『神様自身にもよくわかっていない』ということだけだ。

 穢れは残ったまま、記憶も失くしたまま。あれだけの神気を持ちながら、自分でなにができるのかさえも知らないという。


 ――神々やアドラシオン様は親切なだけだって言うし……でも、そんなことってある? いくらなんでも、ちょっと無自覚すぎない? いえ、神様なら本気でそう思ってそうな気もするけど!


 けど! と思ってから、私は一人首を振る。

 おっとりぽややんとした神様なら、無自覚すぎるのも納得できる――けど。

 頭に浮かぶのは、ほんの一瞬だけ見せた冷たい表情だ。

 底知れない目の色に、感情の一切を感じない笑みに、思い返すだけで血の気が引いていく。


 あのとき、あの瞬間。

 あの神様の姿は、あまりにも――――神らしすぎるくらいに、神だった。


 ――アドラシオン様より怖かったわ。……本当に、無自覚なのかしら。


 だけど無自覚でないとすると、神様はわかっていて私にあんなぽや態度を取っているのだろうか。

 なにも知らないふりをして、嘘を吐いて、誤魔化しているだけ。

 本当は全部知っていて――私を騙しているのだろうか?


 ――いえ。


 自分の想像に、私はすぐに首を振る。

 確信があるわけではない。神様の考えを、人間の私が窺い知ろうと思うこと自体おこがましいことだ。

 でも。


 ――嬉しそうだったわ。


 私の顔を見て、目が合うたびににこにこと微笑む神様を嘘だと思いたくない。

 緩んだような柔らかい笑みは、言葉よりもずっと嬉しそうで、頭に浮かべるだけで頬が熱く――――。


 ――って! 熱くならない! ならないわ!!


 慌てて思考を断ち切り、私はぱちんと両手を叩いた。

 今は真面目なことを考えていたのである。

 というか、さっきまで冷たいとか血の気が引くとか考えていたのに、その直後に熱くなるってどういうことだ。


 ――じ、情緒不安定になりそうだわ……!


 青ざめているのか赤らんでいるのかわからない頬を押さえ、私は無理やりに表情を硬くする。

 放っておいたら緩んでしまいそうだから、ではない。決して。


「ああもう! 一人で考えているからダメなんだわ!」


 誤魔化すように声を上げると、私は気持ちを切り替えようと頭を振った。

 こういうときは誰かに相談するのが一番である。


 が――。


 その、一番に相談したい相手を思い浮かべ、私は再び重たいため息を吐いた。


 相談したい相手こと、未だ私と喧嘩中であるリディアーヌは、現在――。

 神殿では知らぬ人がいないほどに、アマルダと仲が良いらしいのである。

 けっ。

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