12話

 神様の笑みを、私はどんな顔で見つめればいいのかわからなかった。

 困ったような――どこか、申し訳なさそうな彼に言葉をかけなきゃと思うのに、口から出るのは浅い呼吸だけだ。


 ――いつから。どこから。どうして。記憶を失くしていたはずなのに。


 そんな当たり前の疑問も、今は頭に浮かばない。

 天地がひっくり返ったような衝撃に、思考も、言葉も、感情さえも追いつかない。


 頭の中は真っ白だった。

 瞬きもできず、呼吸さえも忘れて、私は呆然と神様を目に映していた。




 凍り付く私の周囲では、人々がざわめいていた。

 たぶん、私と神様のやり取りを聞いていたのだろう。

 呆けた耳が、いくつもの「まさか」「そんな馬鹿な」「ありえない」という言葉を拾う。

 かすかな「でも」という囁きも。


 でも、と人々が囁き合っている。


 でも、あの姿は。

 でも、他の神々もお傍にいる。

 でも――――。


 穢れを払ってくれた。

 助けてくれた。


 あの方が、俺たちを助けてくれた――――。


「――――まやかしだっ!!」


 そんなざわめきを、老いた怒声が引き裂く。

 はっと振り返れば、裁判官席に座る老神官の一人――神官長が、腰を浮かして叫んでいた。


「騙されてはならん! アマルダ様もお気をたしかに! すべては無能神の企みに違いありません!!」


 天上で震えながら泣くアマルダをひと睨みし、神官長は白木の長机にこぶしを叩きつける。

 ドン、と重たいその音は、人目を集めるには十分なほど強く響いた。


「あれはグランヴェリテ様を騙る不届き者です! 偽者です! ――さもなければ、今までいらっしゃったグランヴェリテ様はなんだったのだ! あの、無能神の醜い姿はなんだったと!!」


 集まった視線に向けて、神官長は低い声で怒鳴りつける。

 さすがは、長く人の上に立ってきただけのことはあるのだろう。

 枯れ枝のように細い体とは裏腹の、地響きのように力強い声には、身も竦むような威圧感があった。

 法廷を見下ろす姿には威厳があり、視線には人を動かす力があった。


 ――――だけど。


「グランヴェリテ様を騙る不届き者め! 無能神がグランヴェリテ様であるなど、ありえるはずがない! いかに見てくれを誤魔化そうとも、無能神はしょせん無能神で――」


 威厳を込めた神官長の声が、途中で止まる。

 代わりに聞こえたのは、ひくりと怯んだように喉を鳴らす音だ。


「む、無能神……で…………」


 それでもどうにか、意地のようにまだ言葉を吐くが、その先は続かない。

 握りしめたこぶしはそのまま。再び枯れ枝に戻ったように身を竦め、彼は一点を見据えて目を見開く。


 彼の老いた瞳が映し出すのは、私――の、すぐ近く。

 怒鳴り声に誘われたように視線を持ち上げた、神様だ。


 笑みを消した神様が、無言で神官長を見据えている。

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