20話 ※神様視点
背中を向けたまま、振り返らない少女の姿を、彼はずっと見つめていた。
正確には、目を持たない彼にはその姿を見ることはできないが――だからこそ、見えるものがある。
明るい態度、軽い言葉、冗談みたいに笑う声。
乾いた響きの裏に隠した、彼女の本当の気持ち。
――手を、伸ばせたなら。
あの子の頭を、撫でてやることもできたのだろうか。
体があれば、あの子を抱きしめてやれただろうか。
この醜い姿ではなく、他の神々のように魅力的な姿だったなら――。
――忘れさせて、やれただろうか。
婚約者のことなど忘れて、他の誰とも比べず。
彼女は魅力的な女性なのだと、教えることができたのだろうか。
言葉よりももっと、はっきりと――。
「――ふっ」
無力な沈黙の流れる中。
彼女が――エレノアが、ふと笑うような息を吐き出した。
ずっと窓に向けていた体をこちらに向け、どこか気恥ずかしそうに、彼女は頭を掻く。
「あっはは! すみません、だいぶ愚痴を言っちゃいました! ちょっと話すぎましたね! でもおかげで、だいぶスッキリしました!」
「…………」
「今日はもう遅くなっちゃいましたし、そろそろ帰りますね! 掃除の続きは明日やりますので! ――それじゃあ」
失礼します! と早口で言うと、彼女は掃除道具を抱え上げた。
そのまま、足早に彼の横を通り過ぎる。
制止する間もなく部屋を出て行く、その間際。
荒々しい足音に紛れて、ぐす、と鼻をすするような音を、彼は残された部屋の中で聞いていた。
――エレノアさん。
足音が消えれば、周囲は痛いほどの静けさが満ちる。
追いかけようと身をよじっても、体はねとねとと重く這うだけだ。
――疎ましい。
そう思うのははじめてだった。
この身を覆う穢れを悲しみ、人々を哀れに思うことはあっても――それだけだった。
神とはいかに人に触れ、人の目線で振舞おうと、本質的には人と異なる存在だ。
中でも『彼』という存在は、この地上においてもっとも人とかけ離れていると言える。
ゆえにこそ、どれほど人々が彼を蔑み、石を投げようとも、彼は怒りもしなければ、憎みもしない。
ただ淡々と、人々に慈悲をかけるだけであった――はずなのに。
――鬱陶しい。
この体にねばりつくものに、彼は心底からそう思った。
哀れな人々の心が、今は邪魔で仕方がない。
――腹立たしい。
この身が恨めしい。
他の神々が羨ましい。
彼女の婚約者が妬ましい。
婚約者のために傷つく彼女が――腹立たしい。
無数の声が、醜く地を這う彼の中からわき上がる。
高潔であった彼を、昏くまとわりつくような思いが占めていく。
胸の内に湧く、本来ならば彼が抱くはずのない感情。
それはまさしく、彼が身にまとう穢れと同じ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます