夏至祭と花
3~4章間(まだ神様が人型になる前)の日常小話
――――――――――
「――――――お祭りです!」
「はい?」
朝。
神殿の片隅にある、無能神の部屋。
いつのものよう部屋を訪ねてきたエレノアは、いつものように開口一番、妙なことを言った。
「だから、お祭りなんですよ! 今日! 神殿で! 夏至祭で、昨日の夜から飾り付けしていたんですよ!」
「…………はあ」
エレノアの言葉は力強い。
目のない彼に姿は見えないが、声だけでも興奮していることはよくわかる。
前のめりになっているのか、その声もいつもより近くから聞こえていた。
「夏至祭って、神殿では花に関する神様方をお祝いするじゃないですか。それで、ちょっとお祭りの中心の方を見てきたんですけど、すっごかったですよ! もう、目につくもの全部花だらけで!」
「そうなんですね」
はしゃぐエレノアを存在しない目で見上げ、彼はどこか他人事のようにそう言った。
いや、実際に他人事だ。
この神殿では、夏至祭の他にも定期的に祝祭が開かれる。厳かな儀式のようなものもあれば、今回のように華やかなものもあるが、どれも神々の偉大さを讃え加護に感謝するためのものであることには変わりない。
だが、彼を讃える祭りは存在しない。
エレノアが祭りを楽しめるなら、それは嬉しい。
人々が祭りで日々の疲れを忘れられるなら、それも良いことだろう。
神々が讃えられることも、決して悪いことではない。
ただ、それは彼とは無縁の出来事。
祭りの騒ぎも、この神殿の片隅までは聞こえない。
彼の周囲はいつも静かで、穏やかで、冷たいくらいに凪いでいて――。
「じゃあ、行きましょうか! 屋台もいろいろありましたよ!」
しかしエレノアがいると、こうなってしまうのである。
〇
そういうわけで、彼はどうしてか祭りの場にいた。
と言っても、さすがに中心部というわけにはいかない。祭りの場とは言うものの、周囲に人影も屋台もない、ほんの外れのあたりである。
エレノアが言うには、『以前よりも親しみやすい姿』に変わったとのことだが、それでも人の姿とは程遠い。己が醜い『無能神』であることは、彼自身がよくわかっている。
堂々と人前に姿を晒すべきではないだろう。特に、祝祭の場とあってはなおさら。
人々の楽しみを邪魔するのは、彼にとっても本意ではない。
それに彼自身、人の多い場は得意ではなかった。
あまり人目のある場所には行きたくないということで、むんずと体を掴んで引っ張るエレノアに、このあたりで妥協してもらったのである。
そのエレノアは、屋台を覗いてくると言って、一人で祭りの中心部へと向かって行った。
現在、この祭りの外れには彼ただひとり。
少し離れて祭りの騒ぎ声と、こんな外れまで飾り付けられた花々があるだけだ。
「…………」
エレノアもいない。することもない。
手持無沙汰のまま、彼は異形の体を震わせた。
季節は初夏。
祭りの日に相応しく、天気は快晴。
空の色など見えない彼にも、太陽の光は感じられる。
遮るものなく降り注ぐ陽光は少しだけ熱い。
逃げるように木陰へ入れば、ほのかに甘い花の香りがした。
飾り付けられたものだろうか。あるいは、木に咲く本当の花だろうか。
考えるともなく考える彼を、初夏らしい涼風が撫でていく。
涼風が花を揺らし、花びらが舞う。
舞い上がった花びらの内の一枚が、彼の頭の上に落ちてくる。
――…………思えば。
相変わらず、することはない。なにをするでもない。
だけど風は流れて行く。太陽は照り付ける。
空気は淀まず、停滞せず、どこまでも広さを感じさせる。
――こうして外に出ることは、エレノアさんが来るまでなかったな。
人の多い場所は好きではない。
賑やかな場所も得意ではない。
目の見えない彼に外の光景は見えない。飾り付けられた花も、青く茂る草木も、青い空もわからない。
それでも、今の彼には花を愛でる人間たちの気持ちがわかる。
淡い花の香り。やわらかな花びらの感触。変化を感じる彩りは、心を奪うほどに美しく――。
「神様! 買ってきましたよ、お団子!!」
しかしエレノアにかかると、こうなってしまうのである。
……賑やかな場所も騒がしい場所も得意ではない。
賑やかで騒がしいエレノアも、彼にとっては傍にいて少々慌ただしすぎる存在だ。
だけど、嫌ではなかった。
彼女の傍は、不思議と心地が良かった。
静寂を荒らす嵐のようで、時折逃げ出したくなる太陽のようで、思わず眺めてしまう花のようで。
変化のない彼の世界を、どこまでも鮮やかに彩っていく。
「食べましょう! 見たことない食べ物も、いっぱい買いましたから!」
どれほど買い込んできたのか、重たげな彼女の足取りに、彼は思わず噴き出してしまった。
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8/1に書籍3巻発売します!
そしてコミカライズ連載が開始しました。
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