9話 ユリウス①

 姉とルフレ様をテーブルに残し、一人飛び出したあと。

 私は人であふれた祝勝会を、自分がどんな顔をしているかも知らず――。


 ――――あああああああ!! や、や、や、やらかした――――!!!!!!!


 大後悔を抱えながら、血眼になって神様を探していた。

 なんといっても、プロポーズである。まだ神様自身の意図はわからないけれど、少なくとも傍目からはそう見える発言だったのである。


 それを軽いノリで答えるなんて言語道断。もしも自分が一世一代の告白をしたとして、相手が告白されたという事実にさえ気づかなかったら、がっかりするなんてものではない。本気であればあるほど、手応えのなさは泣けてくるものなのだ。


 ――そ、それなのに! ううううう……神様どう思ったかしら……!!


 いつも穏やかでおっとりとしたあのぽやぽやが、あんなに真剣な顔をしていた。

 見ているこちらが息を呑むほどに緊張していたのだ。


 ――それを! 私は! お散歩のノリで!!


『いいよーいくいくー!』的な返事をしてしまった。

 神様からしたら、完全な空振り。空を切ったという手応えすらもないレベルの虚無である。

 思えばあのとき、どうして神様は『虚をつかれた顔』なんてしたのだろうかと思っていたけど、つまりはまさしく虚無だったからなのだ。


 ――き、傷つけた……!? 一人になって落ち込んでない!? 人気のない場所で、こっそりしょんぼりしてるんじゃない!?


 相手は仮にも最高神様。人を凌駕する神々の、さらに上に立つお方。

 超然として何事にも動じず、厳かに人を見守っている存在こそがグランヴェリテ様である――なんて言われていることは、すっかり頭の外である。

 だって神様、しょんぼりしている姿がとても似合ってしまうのだ。黒い姿のときにはぺしょんとへこみ、今の人の姿だとしゅんと悲しげにうなだれる。そんな姿が、目に浮かぶようである。


 ――は、早く見つけないと……!


 神様は人気のないところへ行くと言っていたけれど、同時に『雰囲気だけは楽しむ』とも言っていた。

 となると、おそらく祝勝会の会場内にはいるはずだ。人の少ない、会場の端の方のテーブルだろうか。それともテーブルも離れて、どこか人目につかない暗がりにでも隠れているだろうか。

 そう思いながら探すけれど、神様の姿は見つからない。聖女たちから逃げるために神気も抑えているらしく、上手く気配も掴めなかった。


 ――私一人じゃ見つけられないわ……! 誰か、神様の行方を知っている人がいれば……!!


 神様の居場所を知っている人――となると、やっぱり祝勝会の主催者であるユリウス殿下だろうか。彼なら会場全体を把握しているはずだし、神様のことにも詳しい。神様が隠れそうな場所に、心当たりもあるだろう。

 ユリウス殿下をこのあたりで捕まえられれば――と思いかけ、しかし私はすぐに首を振る。

 殿下がこんな人気のない会場の端にいるはずがない。彼は今、例の会場全体を俯瞰できる場所で、リディアーヌと話をしているところなのだ。


 ――そんな都合よくいかないわよね……! 殿下が駄目なら、他の神々とか……。


 そんなことを考えながら、私はほとんど人のいないテーブルの間を駆け抜ける。

 周囲を照らすのは、蝋燭のわずかな光だけだ。空はわずかに残した赤色も失い、いつの間にかすっかり夜の色に変わっていた。


 周囲は静かだ。中心部の喧騒は遠く、ちらほらと見える人影も騒ごうとはしない。駆け抜ける私の視界の端を、酔い覚ましに夜風に当たる兵や、落ち着いて飲みたい神官、静かに話をする殿下と巨体の神官が通り抜け――――。


 うん?


 通り抜けた光景に、私は首を傾げた。

 なにかおかしなものを見た気がする。


 ――いえ、だって、殿下はリディと話をしているところで……。


 殿下が『あの場所にいる』と言った場所は、祝勝会の中心部。もちろんこんな人気のない場所ではない。

 リディアーヌがテーブルを去った時間から考えて、話が終わるにしては早すぎる。


 だからまあ、別人だろう。

 まさか殿下が、リディアーヌを放ってうろちょろしているはずもなし。きっとこの暗がりで、背格好の似た誰かと見間違えてしまったのだ。

 そうとしか考えられない。そうに決まっている、とは思いつつ。


「………………」


 すすすっと数歩足を引き、私は通り抜けた光景にもう一度目を向ける。

 目に映るのは、酔いを覚ます兵、落ち着いて飲む神官、静かに話をする殿下と、巨体の神官。


 ――――うん。


 わかっている。殿下にだって都合がある。基本は同じ場所にいるとしても、たまには移動することもあるだろう。

 殿下も人間――と言いきるには若干の語弊がある気もするけれど、少なくとも今のお体は人間なのだ。

 人間ならば、同じ場所でじっとしているのに飽き飽きして、歩き回りたくもなる。食事を取りに行くこともある。用を足すために移動することは、誰しも必ずすることだ。


 そもそも現在、私自身もやらかし中の身の上。

 他人に言えることなど何があろうか。誰かに目くじらを立てるよりも、まずは己を顧みるべき状況である。


 とはいえ。

 とはいえである。


 このタイミングの悪さには、やはりこう言わねばならないだろう。


 ――あの!! 朴念仁―――――――!!!!!!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る