22話

「エレノアさん!!???」


 神様は笑い声を引っ込め、今まで出したことがないほどの大声で私の名を呼んだ。

 体は揺れに揺れ、全身がぷるんぷるんのたわんたわんである。

 あまりの動揺っぷりに、私の方が困惑する。


 ――これは……まずいことを言ってしまったのでは……?


「ど、どうしたんですか、急にそんなことを聞いて!?」

「他の神様から聞いたんですけど……もしかして、違うんですか!?」


 なにせ序列三位の偉大なる神、ルフレ様のお言葉だ。

 どれほど口が悪く、失礼で、蹴り出したくなるほど生意気なお子さま神であろうと、その言葉には重みがある。

 まさか嘘なんて吐くはずない、と思っていたのだけど――。


「誰がそんなことを言ったんですか! 違います! 誤解です!」


 ――あの神!!


 怒りと羞恥に赤くなりつつ、私は雑巾を握りしめた。

 エリックの次は、あの神を雑巾にしなければ!!!


 ……などと冒涜的な決意を固める私の内心は知らず、神様は相変わらずぷるぷる震え続けている。


「た、たしかに穢れを払うため、そういうことをする神もいます。で、ですが、それは必ずしも必要な行為ではなくて――」


 たぶん、顔があったら真っ赤になっているのだろう。

 いつも物静かな声が今はかすかに上擦っていて、そわそわと落ち着かない。


「私たち神は、穢れを引き受けることで災厄や魔物の発生を抑えることはできますが、完全に消し去ることはできません。穢れを払うためには、人間の持つ魔力で打ち消す必要があるのです。……ええ、その、魔力をお借りするために、肌と肌で触れ合う必要がありますが」


 神様は声を小さくし、目を逸らすかのように体をひねった。

 気恥ずかしそうなその様子は、見ているこっちも気まずくなってしまう。


「やはり、触れ合う部分が大きいほど効率が良くて……互いに素肌を交わしているうちに、深い仲になることが少なくありません。で、ですが! 別に手を握るだけでも問題はなく……!」


「……手を、握るだけ?」


「そうです! 素肌で触れ合えば効率は良いですが、そのぶんだけ聖女に求める魔力も大きくなってしまいます。……失礼ですが、エレノアさんの場合は、軽く触れる程度が良いかと」


 ――なんだ。


 気遣わしげな神様の言葉に、私は内心でそう呟く。


 ――手を、握るだけかあ……。


 神様に手、ないけど。

 なんだか拍子抜けである。

 安堵半分に、私はほっと息を吐こうとして――――。



 ――――い、いやいやいや!! 安堵半分ってなによ!!!??



 吐き出す前に飲み込んだ。


「ない! ないない! あり得ないわ!!」


 思わず口に出してそう言うと、私は自分の頬をぱちんと叩いた。

 部屋に響く乾いた音に、神様が驚いて顔を上げる――ようなしぐさをした。


「どうされました」

「なんでも! ありません!!」


 思いのほか大きな声が出てしまったが、今さら引っ込めることはできない。

 私は勢いをそのままに、誤魔化すようにこう続ける。


「もう! この話はおしまい! おしまいです! ――さあ、掃除の続きをするから、神様は端っこに寄ってください!!」


 神殿の端、ようやく日差しの入るようになった部屋の中。

 私は明るい声を上げながら、いつものように神様を追い立てた。






(2章終わり)

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