3章
1話
「――じゃあ、いきますね」
「は、はい……!」
緊張漂う部屋の中、私はごくりと生唾を飲み込んだ。
覚悟を決めたつもりでいるのに、体は正直なもの。
妙に力んだ手が、所在なく宙を掴む。
「怖がらなくて大丈夫です。痛くはしませんので」
「は、はい。……ええと、い、痛く?」
「私に任せて、力を抜いて……安心してください、優しくして差し上げますよ」
部屋に響くのは、上擦ったような猫撫で声だ。
甘い声は困惑する相手の言葉など聞きもせず、気ばかり逸ったように呼びかける。
時刻は昼過ぎ。外は明るい日の差す時間帯。
なのにこの部屋の中だけは薄暗く、どこか秘密めいた雰囲気がある。
まるで、これから秘め事でもするような――。
「ちょっとだけ、ちょっとだけだから……!」
「だ、駄目です、待って、待ってくださ――――ひゃんっ!!?」
制止は効かず、部屋の中に小さな悲鳴が上がる。
声の主は身をよじらせ――。
「待ってくださいってば! エレノアさん!」
むんずと体を掴む私に、涙声でそう叫んだ。
大掃除から数日後。
場所はいつもの神様の部屋の中。
私は神様の同意のもと、その体の端に触れていた。
手のひらに感じるのは、なんとも言えない柔らかい感触だ。
肌に吸い付くような、どこかしっとりとしたその手触りは、なんとも……。
「やわらかい……」
「なんだか語弊がありません!? さっきから!」
私に体の一部を掴まれたまま、神様は動揺したようにぷるんぷるんと震えている。
どことなく気恥ずかしそうに身をよじり、距離を取ろうとしているが――しかし、私は神様の体を離すことができない。
みょーんと伸びる神様の一部を両手で掴んだまま、その触感を確かめるのに夢中だった。
「やっぱり粘つかないわ……! 前はもっとドロドロだったのに! どうして!?」
「わ、私にもわかりませんが、きっとエレノアさんが部屋を掃除してくださったからではないかと――――んん! だ、だ、駄目です! 落ち着いてくださいエレノアさん!」
「しかも、なにこの肌触り! しっとりもちもちで、なめらかで……これじゃあまるで……!!」
乙女の柔肌である。しかも私より柔らかい!
――く、悔しい……!!
でもついつい触っちゃう。
手の中にある魅惑の感触に抗えない。
相手が神様でさえなければ、迷わず抱き着いてしまいたくなるほどに心地よい。
……などと、身もだえする神様を無心に撫でまわし続ける私は、当初の目的などすっかり忘れていた。
そもそも、どうしてこうなったのかと言えば――――。
「エレノアさん! そ、そんなに触らないで結構です!」
神様が私の手からすり抜け、どこか息が上がった声で叫んだ。
「さ、触ってくださるのは嬉しいですけど……そ、そこまでしなくても穢れを払うことはできますから!!!」
というわけである。
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