45話

 ああもう! 本当に――――。


「友達作るの、下手すぎでしょ!」


 荷物とともに渡された手紙を読み終え、私は思わずそう声を上げた。

 荷運びを終え、様変わりした神様の部屋の中。

 私は運び入れたばかりの椅子に腰かけ、丸テーブルの端に肘を置く。


「だったら、今までの私はリディにとってなんだったのよ!」


 恨めしさ半分、呆れ半分に私は息を吐く。

 友達でもなんでもないなら、彼女にとっての私は、単に食べ物をたかりに来る図々しいやつだった、ということになってしまう。

 そのうえ友達関連でもさんざんからかったなんて、ちょっと無礼すぎではないだろうか――。

 と、そこまで考え、私は自分の思考にむっと顔をしかめる。


 ――……否定できないわね。


 弁解の余地もないくらい、図々しいうえに失礼なやつだった。

 初対面で食事を恵んでもらうわ、軽口を叩くわ、その後も定期的に食事の世話になるわで、よくよく考えなくても「なんだこいつ」と思う面の皮の厚さである。


 ――……でも、誰からももらうわけじゃないのよ。


 いくら私が図々しいと言っても、もらうばかりで申し訳ないと思う心くらいはある。

 これでもいつかは、私だって別の形で返したいと思っていた。

 それがいつになるかはわからないけど――そんな曖昧な未来まで、付き合っていけると思えるから受け取ることができるのだ。


 ――まあ、本当にいつになるかわからないけど。こんなもの送ってきて!


 私は苦々しく息を吐くと、周囲を見回した。

 狭くちょっと貧相な神様の部屋の中を、今は場違いなくらいに上等な家具が埋めている。


 ――なにが『そう高価なものではない』よ。完全に大貴族用だわ!


 繊細な装飾が施された丸テーブルと、椅子が二脚。

 柔らかなベッドに、ふかふかの二人がけソファ。壁に据えれば、それだけで装飾品に見える華美な棚。

 これでも、厳選に厳選を重ね、神様の部屋に似合うものだけを選んだのだ。

 神様自身も派手なものは好まず、できる限り落ち着いた飾りの少ないものを選んだはずが、この有様。

 公爵令嬢の身分を思い知らされる。


 ちなみに、部屋に入りきらなかったものは、荷運びの男たちに頼んでリディアーヌに送り返してもらった。

 これでも一応伯爵家の生まれなのだけど、すっかり貧乏生活が身について、捨てるという発想自体が浮かばなかったのだ。


 ――……でも、失敗だったかもしれないわ。


 むう、と私は手紙を睨んで息を吐く。

 良かれと思ってしたことだけど、もしかして彼女、勘違いしないだろうか。

 余計なお世話だったかしら――なんて、いかにも悩みそうである。


 思い詰める彼女の姿が簡単に想像できすぎて、私は一人苦笑した。


 ――なんとかしないとね。……まったく、世話の焼ける友達だわ!


 小さく首を振ると、私は手紙から顔を上げる。

 それから、テーブルを挟んで正面に座る神様を見やった。


 いや、座るというよりは、『乗る』と呼ぶ方が近いだろうか。

 不慣れな椅子に上手く乗れず、端からずり落ちる瞬間を目の当たりにして笑ってしまったことはさておき。


「神様。……ええと、ちょっとお願いしたいことがあるのですが」


 恥ずかしそうに震えながら、再び椅子によじ登る神様に、私はそう呼びかけた。


「せっかくですし、人を呼んでも良いですか? 明日あたりにでも――家具のお礼もかねて」


 考えてみれば、今までの私はずっと招かれる側だった。

 宿舎の自室に人を呼ぶ気にはなれないし、神様の部屋は空っぽだ。

 神様自身もあまり人と会いたがらない性格なので、ついつい私一人、アドラシオン様の屋敷を訪ねてしまっていたけれど――。


 ――たまには、私がもてなすのも悪くないわ。まあ、リディに比べたら、たいしたことはできないけど。


 神様も、リディアーヌなら嫌な顔をしないだろう。

 アドラシオン様もいらっしゃるなら、神様も楽しいかもしれない。

 ルフレ様は……まあ勝手にくっついてくると思う。


 騒がしい部屋を想像し、知らず緩む表情を抑え、私は神様を窺い見る。


「どうでしょう、神様」


 もちろん、人を呼べるかどうかは部屋の主人である神様次第だ。

 だけど、彼ならきっと許可してくれるはず。

 そう期待を込めて見つめる私の前で――神様は、困惑したようにぷるんと震えた。


「えっ」


 どこか強張った彼の声は、私の頼みを不服に思ったからではない。

 もっとずっと、根本的な部分での、疑惑の声だった。


「エレノアさん。まさか、明日もこの部屋にいらっしゃるつもりなんですか?」


 なんで来るんだ――と言わんばかりの声音に、私は瞬いた。


 えっ。


 …………えっ。

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