32話

 …………ええと。


「ルフレ様、ソワレ様? どうしてここに?」


 締まらない二柱の神様を、私はぽかんと見つめていた。

『静かにしろ』と言った割に騒がしいお二方に、良くも悪くも頭の熱も冷めてくる。

 いったいいつからここにいて、どこから見られていたか――なんてことは、今は後回しだ。


「私を捜してくださったんです? お二方が? それって……」


 私は逸る気持ちを抑えながら、固い鉄格子に手をかける。

 牢の外、冷たい夜闇を照らして、手燭の火が揺れている。

 淡い光に照らされる双神が、今はやけに頼もしく見えた。


「もしかして……もしかして、私のことを助けに――――」

「いや、違うけど」


 ぐぬ。


「単にお前が捕まったって聞いたから、どんな顔してんのか見物にきただけだし」

「は……はああ!? 見物って!」


 見世物の猿じゃあるまいし!

 と思いつつ、私は「ムキー!」と鉄格子を掴む。

 うっかり期待してしまっただけに、口を曲げたルフレ様の生意気顔が憎らしい。


「ここは助けにきたって言うところじゃないんですか!? この状況で! このタイミングで来ておいて!?」

「うるせえうるせえ! お前本当に図々しいな!? なんで俺がお前を助けなきゃなんねーんだよ! 俺の聖女でもないくせに!!」

「それは……!」


 続く言葉が出てこず、私はぐっと奥歯を噛んだ。

 聖女ではない――と言われてしまえば、その通り。私はせっかくのルフレ様の誘いを、断ってしまった身だ。

 ルフレ様ではなく、神様を選んだのは私自身。そのことを後悔するつもりはない。


 なのに、こういうときばっかり助けてもらえると思うなんて――。


 ――……あまりにも、虫が良すぎるわ。


 知らず、目線が下を向く。

 黙り込んでしまった私を見て、ルフレ様が「ふん」と荒く息を吐いた。


「……神は聖女以外に手を出すわけにいかねーんだよ。今まではロザリーやマティアスがいたから言い訳もできたけど」


 神様は、ただ一人の自分の聖女のためにしか力を使えない。

 人間は、聖女を介してしか神様の力を借りられない。

 それは、建国神話の時代にグランヴェリテ様が定めた絶対のルールだ。


 神々が人間を支配しすぎず、人間が神々に依存しすぎないための――人間と神々を線引きするためのものだという。


「神と聖女の関係は、人間がこの地で生きていくための、あのお方の最大限の譲歩だ。破れば俺たちだってただじゃすまねーの! だから、俺たちはお前を助けない。今ここにいるのは、単に知った顔が捕まったって言うから様子を見にきただけ!」

「そう……ですよね」


 言い捨てるようなルフレ様に、私は素直に頷いた。

 人間と神様の線引きは、神様にだって破れない。それを無理に押し通せなんて、ルフレ様の誘いを断った私が言えることではないだろう。


 ――そりゃあまあ、がっかりしていない、なんて立派なことは言えないけど。


 それでも、彼らが心配してくれていたことはわかっている。

 憎まれ口を叩いたところで、やっぱりお二方とも、優しい神様なのだ。


 うん、と一人頷くと、私は顔を上げる。

 それから、改めてルフレ様とソワレ様に視線を向け――。


「様子を見に来てくださっただけでも、嬉しいです。ありがとうございま――」

「――けどな!」


 口にしかけた礼を、ルフレ様の強い視線が遮った。

 睨むようで――それでいて、少し笑うような。いたずらでも仕掛けるような彼の表情に、私は瞬いた。


「だけど、たまたま俺たちがお前の居場所を見つけて、たまたま真夜中、人の居ない時間にちょっと様子を見にきたとして――――それをたまたま、誰かが見かけて後ろからついてきたとしてもな! こっちは知ったこっちゃねーんだよ!」

「…………はい?」


 ぽかんと呆ける私の前。ニヤリと口を曲げるルフレ様の横で――ふと、ソワレ様が視線を逸らす。

 未だ遠い暗闇の先。廊下の奥に手燭を掲げて、彼女は大きく手を振った。


「えへー、こっちこっち!」


 揺れる火に応えるように、廊下の奥に明かりが浮かぶ。

 夜闇を照らす薄い光と、いくつかの足音と――。


「…………あ」


 見覚えのある、影がある。


「ああ……」


 わかりやすい、巨漢の影。でこぼこの、寄り添うような二つの影。

 それから――――。


「――――エレノア!!」


 夜を裂く鋭い声が響き渡る。

 目を見開き、呆然と立ち尽くす私が見たのは、きつくて、少しどころじゃなく高飛車で、いつもツンと取り澄ました少女が――今はツンともせず、取り澄ましもせず、転ぶように駆けてくる姿だ。

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