18話 神様①
噴水の周りは、静かなようで騒がしかった。
暗い水場を満たすのは、流れ落ちる水の音と明るい笑い声。噴き上がる水を挟んだすぐ先に、祝勝会を照らす蝋燭の火が見える。
その蝋燭の光を背後に受け、噴水の手前には深い水の影が落ちていた。
ちょうど祝勝会からは死角になる位置。星明りも届かない噴水のへりに、ひっそりと腰かける影がある。
「――――神様」
オルガから借りた手燭を掲げて呼び掛ければ、影はぎくりと身を強張らせた。
一瞬、逃げ出そうとでもするように腰を浮かしたけれど、その前に私であることに気が付いたらしい。影は浮かした腰をそのまま戻すと、ほっとしたように息を吐いた。
「ああ、エレノアさんでしたか」
手燭の光に、闇の似合わない金色の髪が浮かび上がる。
よほど怖い思いをしてきたのだろう。彼の顔に浮かぶのは、深い深い安堵の満ちる、力の抜けたぽやぽやの笑みだった。
――いったい、どれだけ追い回されて……?
神様をこれだけ怯えさせるとは、聖女恐るべし。
と若干背筋が寒くなったのは置いておいて。
「こんなところに来るなんて、どうされました? みなさんと一緒にいなくていいんですか?」
「ええと……」
不思議そうに問いかける神様に、私は言葉を詰まらせた。
――その、『みなさん』にけしかけられたわけだけど……。
それで神様を必死に探して、どうにか見つけ出した現在。ようやく見つけた神様を前に、なにから話せばいいのかが浮かばない。
いったいどうやって話を切り出したものかと迷いつつ、私はおずおずと神様へと歩み寄り――。
「その、神様にちょっと聞きたいことが――――」
「ぴ」
ありまして、と言うよりも先に、妙な音を聞いた。
――…………『ぴ』?
ちょうど、神様へと一歩足を踏み出したところ。あと数歩で神様の目の前という距離。
手燭のほのかな火が、近くなった分だけ神様の姿を明確にする。
深い水の影の中、浅く噴水のへりに腰かける神様は、この暗闇でもはっとするほどに美しかった。
輝くばかりの金の髪は、闇にあっても鮮やかさを失わない。同じ色の瞳はほのかな光に照らされ、いつもよりもさらに深い。冷たい美貌は夜空の下で研ぎ澄まされ、ぞくりとするほどの凄みがあった。
おそらく聖女たちに追われすぎて疲れているのだろう。いつも姿勢の良い神様が、今は珍しく足を組んで座っている。
そのどこか気だるげな姿さえも、目を奪うほどの力がある――のは、まあ別に構わない。ある意味、いつも通りと言えばいつも通りだ。
いつも通りでないのは、彼の組んだ足の上。さらに言えば、足の上で組み合わせた両手の中にいる存在である。
「ぴ――――!」
と、夜の空に怯えた声――鳴き声? が響き渡る。
噴水のへりに腰かける神様の腕の中。蝋燭の光をぬらりと反射して、闇よりも暗い『なにか』が震えている。
まるで逃げるように、……あるいは、医者の診察を嫌がって逃げる犬や猫のように、びちびちと腕の中で暴れるそれは――。
どこからどう見ても、あの法廷で神様の上に落ちてきた黒い塊。
元グランヴェリテ様こと、異郷の神様だった。
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