7話

「神様! 大掃除しますから!! 端っこに寄ってください!!!!」


 片手にバケツ。片手にモップ。小脇に箒とはたきを抱えて部屋に乗り込んだ私は、正直に言って完全に油断していた。

 ドレスはくしゃくしゃ。髪も乱れて息を切らせ、さあ今から部屋を丸ごときれいにするぞ!――などと考えていた私に、身だしなみの概念はなかった。


 令嬢としては完全に失格である。

 まあ、もともとたいした容姿ではないのだけど。特にアマルダの庇護欲を誘う愛らしさに比べると、私などはもはや『無』である。

 ありふれた栗毛色の、少し癖のある髪。背は高くも低くもなく、体つきもまあ、太ってはいないつもりだけど、痩せてもいない。

 顔立ちは、美人と評判だった亡き母に似ず、印象の薄い父に似てしまった。

 だけど性格だけは母に似たとかで、ちょっと気の強さが顔に出てしまっているらしい。


 やり手の母に押され、クラディール伯爵家で居心地の悪い思いをしていた父は、おかげで真逆のアマルダを見事に可愛がってしまった。

 母に似た性格の私や姉は、父にとってはうんざりだったらしい。

 今まで何度、『うちに娘たちがアマルダみたいだったらいいのに』とか、『アマルダが本当の娘だったらいいのに』と言われ続けて来たことか。


 おかげさまでかえって反発して、とてもアマルダみたいな可愛らしさは身に付かなかった。

 そりゃもちろん、人に会うときは外行きの顔をする。

 でも今は神様だけだし。その神様も、言ったらなんだけど見た目を気にするような相手じゃないかなあ、と思ってしまい、このありさま。


 まさか客人が来ているとはつゆ知らず、私は令嬢らしさのかけらもない姿を晒す羽目になってしまった。


「――――代役の娘か」


 あるいは、抱えた大荷物をどうにか落とさずに済んだだけでも、むしろ幸運だったと思うべきだろか。

 底冷えのするような低い声に、私は部屋に入ったその格好のまま立ち尽くす。


 視線は、目の前の人物を捉えたまま、離すことができなかった。

 挨拶をしなければ、という思いさえも、この瞬間は忘れていた。


 ――……まさか、嘘でしょう?


 それくらい、そこにいたのは思いがけない人物だったのだ。


 ――――アドラシオン様! 最高神に次ぐ、序列二位の神様が、どうしてここに!?


 燃えるような赤い髪。彫像よりもなお精緻で、硬質な面立ち。

 人知を超えた美貌の神が、冷たい瞳で私を見据えている。

 人間らしい感情の一切見えない目に、私は息をすることさえできなかった。

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