18話

 ――う。


 神殿南。神々のお住まいからは少し離れた、神官たちが勤める建物の一室。

 通称『反省部屋』と呼ばれる、ベッドと机と本棚しかない簡素なその部屋で、私はひたすら白紙の紙と向き合っていた。


 ――うううう…………。


 書いている内容は、心にもない反省文である。

 もちろん、ただ『ごめんなさい』で埋めるわけにはいかない。

 こういうときの反省文は定型が決まっていて、たいていの場合は建国神話に絡めた神々への賛辞とともに、聖女の心得を書き連ねて文字数を稼ぐのがセオリーだ。


 一柱の神様につき一枚書けば、百枚のうちほとんどを埋められる。

 あとは適当に言い訳と謝罪を書いて提出すれば、晴れてこの部屋から出られるのだ。

 そういうわけで、私は延々と紙に文字を書き連ねているわけだけど――――。


「――――う」


 窓の外はすっかり明るい。

 謹慎を言い付けられ、この部屋に移動してから一夜明け。

 一晩かけても終わらない反省文を前に、私は耐え切れず頭を掻いた。


「うあああああ! もう! なんで私がこんなことを!!」


 なんでもなにも、自業自得としか言いようがない。

 深夜に出歩くのは控えるようにと言われていて、リディアーヌたちとも『あまり遅くなると危険だから』と、穢れの調査は遅くなる前に切り上げるように約束していた。

 結果が出ないことに焦って、それを破ったのはなにを隠すこともなく私である。


 おかげで嫌な奴に見つかって、反省文百枚終わらせるまでは謹慎だ。

 まだ三分の一も埋まらない紙の山を前に、私は盛大にため息を吐く。


「なんで今さら、建国神話なんて……子供でも知ってるのに……!」


 一柱の神がこの地に降り立ち、人間の少女に恋をした――からはじまる建国神話は、赤ん坊のころから聞かされる話だ。

 降り立った神こそはアドラシオン様で、人間の少女はこの国の王家の祖。


 一人と一柱が立ち向かうのは、建国を快く思わない他の神々だ。

 力ある神々と、ときに話し合い、ときに争い、ときには分かり合えず決別し――と、いくつもの困難が彼らの前に立ちはだかる。

 だけど、それらを手を取り合って乗り越え、最後には偉大なる最高神グランヴェリテ様を味方につけて、この大国の礎を築き上げたのだ。


 アドラシオン様と少女の神話は、一途な恋物語であり、胸躍る冒険譚であり、ついでに建国の歴史も学べる学術書でもある。

 そうなれば、老若男女に幅広く人気を博すのも当然のこと。

 私も子供のころから絵本で読み、聖女修行中は原典を暗記し、今もそらで言えるくらいに読みこんだものだ。

 今さら神々の賛辞を書き出さなくたって、その偉大さは頭に叩き込まれている。


「神官だって、今さら建国神話なんて読まされたくないでしょうに、なにが楽しくて反省文でまでこんなこと……」

「なら、他国の神話でも書いてみるか?」


 ガチャリと扉の開く音とともに、誰かの声が突然割り込んでくる。

 一人だと思い込んで大声で独り言を言っていた私は、ぎょっと声に目を向けた。


 ――き、聞かれた!? 恥ずかしい!!


 ……なんて殊勝な気持ちは、扉の前に立つ巨大な人影に、すぐに吹き飛んだ。

 朝っぱらにはふさわしくない、脂っぽくて肉厚な体を見た途端、私の顔が勝手にしかめられていく。

 それはもう、うっかり部屋の片隅で、黒くて素早いツヤっとした虫を見たときのように。


「うっわ……出た……!」

「反省しているやつの反応じゃねえよなあ?」


 ぽろりとこぼした本音に、巨大な影――レナルドもまた、不愉快そうに顔をしかめてそう言った。


「反省文を課した手前、仕方ねえからわざわざ様子を見に来てやったのに。どうやら反省文の追加が必要みたいだな?」


 く……っ! 墓穴!!

 この正直な顔と口め!!

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