12話

 すまない。


「じゃないわよ! このアホ――――!!」


 見張りの兵から受け取った手紙を、私はぐしゃりと握りつぶした。

 そのまま、怒り任せに思いきり壁に投げつける。


 牢獄生活も、今朝でちょうど三日がすぎた。

 相変わらず薄暗くて静かな部屋に、私の声だけがこだまする。


「ひっさしぶりに手紙が来たと思ったら! 弱気弱気と思っていたけど、ここまで弱気だとは思わなかったわよ!!」


 少しくらいはかばってくれるかと思いきや、初手で親子の縁を切るとは恐れ入る。

 どうかわかってほしい、じゃない。わかってたまるか。


 ――『お前のしたことのせいで』って書いてあるし! 取り消すくらいなら書き直しなさいよ!!


 やたらと長い手紙も、中身を読めばほとんどが言い訳だ。

 どれほど『信じている』と書いてあっても、結局言いたいことは『縁を切ってくれ』だけではないか。

 まじめに読んで損をした気さえする。


「こういうときだけ手紙も早いし! まあ、いいけど! どうせお父様には期待なんてしてなかったもの!!」


 手紙を受け取ったとき、『お父様が手を回してくれたのかも』なんて一瞬思ってしまったことはなかったこととする。

 牢に入れられてしばらく、『クラディール家が黙っていないわよ!』などと見張りの兵に宣言してしまったことも忘れておく。

 とにかく、最初から期待なんてしていなかった。

 これで牢から出してもらえるんだ――と嬉しくなったなんてことは、まったくないのである。


 ――別に、ぜんぜん平気だし! 食事だって、食堂で神様に用意されるものよりずっとマシだし! 食べられるし!


 けっ、と吐き捨てると、私はくたびれたベッドの端に腰かけた。

 あてにならない父はさておき、あれよあれよと入れられてしまったこの牢の方が問題だ。


 父の手紙にもある通り、どうやら私は穢れの元凶として捕まってしまっているらしい。

 心当たりはまったくないけど、私が神様をいじめたことで穢れが生まれ、そのせいで国中に穢れが広まってしまったのだとか。

 あと数日もすれば、私は裁判にかけられる。この裁判は神前で行われ、神官たちはもちろん、王侯貴族も出席するのだそうだ。


 ――大事すぎて笑っちゃうわね。


 はっ、と鼻で笑い、私は高い窓を見上げた。

 さすがの私でも、こうなれば自分の置かれた状況はわかる。

 要するに、上手いこと嵌められてしまったのだ。


 ――神託も偽るくらいだもの。そりゃあ、穢れの元凶も偽るわよね。


 国中に穢れが溢れ、魔物まで現れてしまい、神殿が窮地に立たされていると言う噂は聞いていた。

 神殿が穢れの元凶探しに躍起になっていたのは知っている。

 おかげでリディアーヌが犯人扱いされて、大騒ぎで駆け回ったのだ。


 ――アドラシオン様の聖女で公爵家のお姫様のリディでさえ、神殿から追い出されかけたのよ? 私の扱いも納得だわ。


 一方の私は『無能神』――どころか、今は疑惑の的の神様の聖女だ。

 神殿から見れば、私の身分もあってないようなもの。

 さらに言えば、初めて穢れが出たときの当事者でもあり、行方不明のエリックとは婚約破棄の件で揉めてさえいる。


 ――こんな人間、私だって怪しいって思うわよね! えーえー、たしかに大いに怪しいわよ!!


 牢に入れられた――とはいえ、四六時中牢獄にいるわけではない。

 定期的に外に出されては、神官たちから尋問の数々。

 ロザリーの件やらエリックの件やらを突きつけられたのも、尋問の中でのことだ。


 私じゃないと否定はしても、証拠なんてもちろんない。

 神官たちは私への疑惑を増していき、最近はすっかり有罪判決が決まった気でいる。


 ――でも! 私は神様をいじめてないもの! そりゃあ、ちょっとくらいはつついたけど!!


『あうっ』と困ったように震えても、嫌がってはいなかったはずだ。

 これで穢れが生まれていたなら、世の中が穢れだらけになってしまう。


 ――だいたい、穢れを生んだのが神様じゃないってことは、みんな知っているのよ! リディは信じてくれるでしょうし、マリとソフィはルフレ様の話を聞いているし、レナルドもソワレ様の言葉でわかっているわ!


 リディはもちろん、意外にお人好しなマリとソフィも、私が捕まっていたら黙ってはいられないだろう。

 レナルドも力になると言ってくれた。

 父なんかよりも、彼女たちの方がずっと心強い。


 助けてほしい――とまでは言わない。

 でも、彼女たちならきっと。


 ――今ごろ、私の心配をしてくれているわ。どうにか面会できないかって、思ってくれているはず。


 ベッドに腰かけたまま、私は膝の上で両手を握る。

 親子の縁なんて、姉だって切ったのだ。

 これくらいなんていうことはない。

 私には友達もいるし、頼りになりそうな神官の知り合いもいる。

 最悪の場合は、姉に頼るという手段だってある。


 ――お姉様なら、絶対に放っておかないわよ。お姉様の嫁いだルヴェリア公爵と言えば、リディのブランシェット公爵家に並ぶくらいの大貴族なんだから!


 完全に人任せでとても胸を張れることではないが、それで結構。

 どうせ自力ではどうにもならないなら、他人を頼ってなにが悪い。

 それ以前に、そもそも姉は他人ではなく家族なのだ。


 ――裁判のことはルヴェリア公爵家にも知られているはず。絶対になんとかなるわ。お姉様にできないことなんてないのだもの!!


 拳に力を込めると、私は「むん!」と鼻息も荒く顔を上げた。

 父の手紙がどうした。最初からあてになんてしていなかった。


 状況は悪いけど、絶望的ではない。

 大丈夫。根拠はないけど、たぶんきっと大丈夫。

 落ち込んでいても仕方ない。諦めなければ、必ずなんとかなるはずだ――。


 と、力みすぎて少し腰を浮かしたときだった。


 鉄格子の外の静かな廊下に、カツンと軽い足音がする。

 神殿兵の重たい足音に混ざって聞こえる、小柄な――女性のような足音に、私は反射的に立ち上がった。


「リディ!? もしかして、マリかソフィ!?」


 声は無意識に弾んでいた。

 今まで聞いた足音とは明らかに異なる。

 私のいる場所に向かってくる足音に、逸るような気持ちで鉄格子に駆け寄って――。


「――ノアちゃん?」


 見つけた顔に、私の表情が強張った。

 私の牢の前で足を止めたのは、見たくもなかった亜麻色の髪。

 私をこの牢屋に放り込んだ元凶ことアマルダが、私を見てぱっと明るい笑みを浮かべた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る