13話
「ノアちゃん、元気そうでよかった!」
静かだった牢屋の中に、弾むようなアマルダの声が響く。
彼女の背後には、例によって数人の若い神官と――護衛らしき神殿兵が二人ほど。
私がアマルダになにかしないかと警戒しているのか、険しい視線で私を睨みつけていた。
しかし、アマルダはそんなことなど気にもしない。
神官が止めるのも聞かず、鉄格子の近くまで歩み寄る。
「こんなことになっちゃったけど……本当に心配していたのよ。無事でよかった」
よかった、ではない。
誰のせいで『こんなことになっちゃった』と思っているのだ。
「なにしにきたのよ、アマルダ……!」
思わず口から出た低い声に、アマルダは驚いたように瞬いた。
意外そうに私を見つめてから、戸惑った顔で頬に手を当てる。
「なにって……ノアちゃんに会いに来たのよ。私たち、親友だったでしょう?」
「よく言うわよ! こんなことをしておいて、親友なんて……!」
アマルダをまともに相手にしては駄目だ。
なにを言ったところで、こっちが悪役にされる。
そうとわかっていても、苛立ちを押さえられない。
噛みつきかねない私の態度に、背後で神殿兵たちが身構える。
「ノアちゃん……」
それを制して、アマルダはさらに一歩前に出た。
手を伸ばせば届くほどの距離で、彼女は静かに首を振る。
「たしかに、ノアちゃんが捕まったのは私きっかけだわ。……でもね、ノアちゃん。私もこんなふうに言いたくないけど――ノアちゃんが捕まったのは私のせいではなくて、ノアちゃん自身がしたことなのよ?」
諭すような声音に、私のこめかみがひきつる。
ギッと奥歯を噛む私を見て、アマルダは優しいくらいの笑みを浮かべた。
まるで、憐れみの笑みだ。
「神官様から、ノアちゃんがしてきたことも、そのせいで穢れが生まれたことも聞いたわ。何人も犠牲になった人が出ているのに、他人のせいになんてしないで。きちんと、自分の罪を見つめて」
「私の罪って、私は悪いことなんてしていないわ!」
力んだ手で鉄格子を握れば、ガチャンと重たい音がする。
鉄格子越しのアマルダは、同情の表情を崩さない。
ただ少し悲しそうに、首を横に振るだけだ。
「ねえ、ノアちゃん」
その声はひどく優しい。
聞き分けのない子どもに言い聞かせるかのように。
「クレイル様、今はグランヴェリテ様のお屋敷で一緒に暮らしているのよ」
ひゅ、と息を呑む。
アマルダの口にした名前に、私の表情が強張る。
「お屋敷でのクレイル様、本当にのびのびして、幸せそうなの。前のお部屋では、よっぽど窮屈な思いをされていたのね。ようやく息が吐けたみたいなご様子で」
――嘘。
親しみを込めて語るアマルダから、私は目を逸らす。
聞いてはいけない、と頭の奥が警告していた。
アマルダの言葉は、嘘ばっかりだ。
「つらい思い出があるからかしら。ノアちゃんのことは口にも出さないのよ。それで、私のことは知りたいって、忘れようとするみたいに」
――嘘。うそ、うそ。
「もっと早く会うべきだった。あなたを見つけるべきだったって――」
――嘘に決まっているわ。
「――私のこと、『特別』なんだって。あの方、まじめな顔でおっしゃるのよ」
ねえ、とアマルダが微笑みかける。
「クレイル様は、やっと幸せを得られたの。それがどういう意味か、ちゃんと認めないといけないわ、ノアちゃん。ノアちゃん以外はみんな、ノアちゃんが悪いことを知っているのよ」
父も兄もエリックも夢中になった、優しく気遣うような聖女の笑みが、まっすぐに私に向けられる。
まるで、私の心を砕こうかと言うように。
「そうじゃなかったら――」
弧を描くアマルの口元が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「どうして誰も、ノアちゃんに会いに来ないの?」
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