20話 ※神様視点

 どうして、彼女から邪悪の気配がするのだろう。


 エレノアが休みを取った、その翌朝。

 一日ぶりに部屋を訪ねてきた彼女の様子は、明らかにおかしかった。


「神様! 今日は徹底的に大掃除をするので、隅っこに寄っていてください!」


 食事もそこそこに掃除用具を引っ張り出し、彼女はそう言って彼を追い立てる。

 戸惑いつつも慌ててベッドの上に逃げれば、それ以降ずっと、彼女はわき目も振らずに部屋を掃除し始めた。

 床やら棚の掃き掃除はもちろん、窓やら壁やら、果ては天井まで雑巾でこすり始める彼女に、さすがの彼も黙っていられなかった。


「あの……エレノアさん……?」


 どうにか逃げ延びたベッドの上。

 その端の端で体を縮めて震えながら、彼はそっと呼びかけた。


「どうかされました? ……昨日、なにかあったんですか?」

「どうもしていませんけど!」


 どう考えても、どうもしていたであろう声音でエレノアは答える。

 そのままぐりんと振り返る彼女に、彼はびくりと身を強張らせた。


「昨日も、別になんもありませんでしたし! ほんと、まったく、なーんにも!」

「いえ、ですが……」


 力強過ぎる否定に、彼は声を詰まらせる。

 なにもなかった、という言葉を素直に信じることができない。


 エレノアの顔こそ笑顔であるが、妙に気迫がこもっているのも恐ろしい。

 手に持つ雑巾は哀れなくらいに握りつぶされ、その手も力みすぎて震えている。

 それに、なにより――。


 ――穢れの気配がする。


 目のない体でエレノアを見据え、彼は一度、奥歯でも噛むように小さく揺れた。

 かつて何度もこの身で感じた、醜悪な気配に身震いする。


 もちろん、エレノアが純粋無垢な聖女でないことは、彼だって知っている。

 普段から多少の穢れは抱いているし、なんなら結構怒りっぽいほうでもある。


 だけど――その穢れは、いつだって彼女の身の内にとどまっていたはずだ。

 怒りはしても、だから誰かに当たるわけでもない。

 いつだって、彼女は彼女自身の中で折り合いをつけていた。


 なのに今、彼女の怒りが肌で感じられる。

 消化しきれない感情が――どろりと粘つく穢れが、少しずつ、彼女から滴り落ちていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る