6話

 視界を光が埋め尽くす。

 目も眩むほどの金色の光に、私は瞬きすらもできなかった。

 ただ目を見開き、光の中で立ち尽くすだけだ。


 ――――なに。


 もはや、穢れの気配は感じない。

 背後の怒声も、剣戟の音もない。


 代わりに感じるのは――――圧倒的な、神の気配だ。

 立ち竦む私の目の前で、光がゆっくりと収束していく。




 光のあとに現れたのは、光よりもなお輝かしい姿だった。


 ちょうど穢れの消えた先。扉の向こうに立つ威容に、法廷中の人々が息を呑む。

 光を束ねたような金の髪。直視するのもためらわれる、あまりにも高貴な同じ色の瞳。

 背は高いけれど、体つきはしなやかだ。

 怜悧な顔立ちは、男性でありながら女性的でもある。

 まるで男女双方の美を集めたような彼の美しさは、端正などという言葉ではとうてい表せない。


 それはまさに、神と呼ぶにふさわしい。

 恐怖さえ与える美貌と、震えるほどの神気を併せ持つ、金色の神の御姿だ。


 周囲は時が止まったかのように静まり返っていた。

 誰もが、神の威容から目を離せない。

 口をつぐみ、呼吸さえ求めて次の挙動を見守る中――――。


「――エレノアさん」


 当の神は周囲の視線には見向きもせず、その威厳には不釣り合いな――明らかにシュンとした顔で私を見た。


「すみません、遅くなって……! 本当はもっと早くここへ来るつもりだったのに、道中でいろいろと手間取ってしまって」


 声もシュンとしている。

 眉尻は申し訳なさそうに下がり、私を窺い見る目には安堵と不安が入り混じる。

 少し情けないくらいの表情で、彼はほっと息を吐いた。


「でも、間に合ってよかったです。……ご無事で、本当によかった」


 扉の先で安堵のため息を吐く彼の姿に、私はぱちりと瞬きをする。

 声は出なかった。頭も真っ白になっている。


 先ほどの威厳との落差に、法廷は我に返ったようにざわめきを取り戻していた。

 なぜあの神が、どうしてここに、見張りはどうした――――。

 そんな無数のざわめきも、今は耳に入らない。


 夢でも見ているかのような心地だった。


 ――本当に……?


「エレノアさん、お怪我はありませんか? 穢れに触れてしまったりは?」


 瞬く私に、彼は心配そうに問いかける。

 それでもなお、私は動けなかった。


 目にしているものを信じられない。

 何度瞬きを繰り返し、何度確かめても、幻ではないかと不安になる。


「……エレノアさん?」


 だけど――――幻ではない。

 耳に聞こえるのは、こんなときでも穏やかで、やわらかな声。

 返事のない私に向けられるのは、ちょっと困ったような顔。

 息を呑む美貌も忘れるような、なんだか妙に気の抜ける態度に、私はようやく――ようやく、長い息を吐いた。


 張り詰めていた緊張が解けていく。

 体から力が抜けていく。

 口は知らず、目の前の彼を呼んでいた。


「神様…………」

「はい」


 返ってくるのは、なんてこともないような当たり前の声。

 どうしたのかと小首を傾げながら、金色の目がゆるりと細められる。


 それは、見慣れた彼の表情。

 何度も見てきた、ずっと会いたかった、そのためにこの暗闇を歩いてくることができた。

 穏やかで柔らかな――神様の微笑みだった。


「なんでしょうか、エレノアさん」


 いつもの彼の声に、自分でも不思議なくらいに安心する。

 足は自然と、神様に向けて踏み出されていた。

 笑みに誘われるように、逸るように、私はもう一度神様へと呼びかける。


「神さ――」

「――――クレイル様!!」


 だけどその声は、背後から響く悲鳴に遮られた。


「ああ……ああ! なんてことを! ひどいわクレイル様!!」


 悲痛な叫び声に、反射的に足が止まる。

 私はそれ以上進むことができないまま、背後に響く声に顔を向けた。


「外には見張りがいたのよ! みんな、仕事を投げ出す人たちじゃないのよ! なのに、あなたがここにいるなんて―――」


 目に映るのは、神の座で首を振るアマルダだ。

 怯えたように両手を握り、痛ましげに表情を歪め、彼女は声を張り上げる。


「クレイル様、あなたは見張りの人たちに――私の大切な人たちに、いったいなにをしたの!!!!」


 それは胸を裂くような悲しみと怒りの声。

 神の座から落とされる、神様への糾弾の声だった。




 アマルダの言葉に、私ははっと神様へと振り返る。

 再び目にした彼は、やはり微笑を浮かべながら、天上のアマルダを無言で見上げるだけだ。


 相変わらず、扉の先。

 回廊に立つ神様の笑みは、いつも通りに穏やかで、やわらかく――。


 扉の外に広がる暗がりに染まるように、深い影が落ちていた。

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