18話 ※アマルダ視点

「なか……み…………?」


 アマルダは呆然と神の言葉を繰り返した。

 中身。知っている単語のはずなのに、初めてその言葉を聞いたような気分だ。

 頭の中で意味がつながらない。彼の言っていることが、なにも理解できない。


「その中に入っているのは、穢れに侵された堕ちかけの神です。どこかから流れてきたのでしょう。自ら穢れを捨てる力もない、ほんの小さな弱い神」


 困惑するアマルダに、彼は落ち着いた声で語り続ける。

 まるで、丁寧に教える教師のように、優しく、穏やかに。

 耳をふさいで逃げることを、許すまいと言うかのように。


「きっと、アマルダさんの清らかさに惹き付けられたのでしょう。あなたの、穢れを知らない清らかさと、穢れを浄化するだけの強い魔力に」


 暗闇の底で、見えた光を追うように。

 力を失い、行き場を失くし、穢れに堕ちる寸前。最後にその神は、光り輝くアマルダを縋ったのだ――。


 〇


 だけど、堕ちかけの神の望みは叶わなかった。

 空の器を依り代に、もっとも清く、強い魔力を持つ存在の傍にいながら、『彼』の穢れはくすぶり続ける。

 いや。

 くすぶるだけで済むなら、それでよかったのだ。




 アマルダ・リージュはたしかに光だった。

 穢れに侵された神さえも縋る光。闇の中に、ただ一点だけ灯る純粋な光。どれほどの闇にあっても、決して曇ることのないまばゆい光。

 しかし、暗闇を作り出すのもまた、光なのだ。


 アマルダの元には穢れが集まる。アマルダを巡り、穢れが生み出される。

 穢れは穢れを誘うもの。生み出された穢れは、より強いものに呑まれていく。

 曲がりなりにも神である、『彼』の穢れを核として。


 ――助けて。


 嘆きの声は届かない。


 ――――助けて。


 救いの手は差し伸べられない。


 ――――――助けて。助けて。助けて。助けて。助けて。


 悲鳴ばかりが増していく。暗闇だけが膨れ上がっていく。


 ――たすけて。


 救いを求める穢れが、穢れに誘われた穢れが、生み出された穢れが。

 清らかなるアマルダの隣に、おびただしく積み重なっていく。

 アマルダ一人、穢れないままに。


 ――――け、て。


 そうして、いつかは限界がやって来る。


 ――――――て。


 堕ちかけの神の、堕ちる日が来る。


 ――………………。

 ――………………。

 ――………………。


 ――………………もう。


 限界おわりだ。


 〇


 それが、今日という日だ。

 あふれ出した穢れの元凶は、エレノアでも『無能神』でもない。

 アマルダの隣にいる『グランヴェリテ』こそが、この惨状を生み出した。


 そして、その最後の背を押したのが、アマルダという存在なのだ。


「あ――――」


 周囲はしんと静まり返っていた。

 神の言葉に、一人、また一人とアマルダへ視線を向ける。

 己に向かう視線は、だけどアマルダには見えていない

 彼女は一点を見つめたまま、小さく首を横に振った。


「私――――」


 アマルダが見つめるのは、こちらを見上げる金の瞳だけだ。

 貫くような揺るぎない目に、彼女はか細く震える声で問いかける。


「私を……裁くつもりなんです…………?」


 眼下の彼は天秤であり、人間を裁きに来たという。

 穢れの重さで価値を量り、限界を超えれば滅ぼすと。


 だとしたら、きっと――彼が裁くのはアマルダなのだろう。

 偽の『グランヴェリテ』を穢れに落とした原因として、これからアマルダは神の罰を受けるのだ。

 そう思うと、恐怖に目の端が滲む。

 怯えに震える体を誤魔化すように、アマルダはぎゅっと両手を握りしめた。


 ――――ああ。


 内心で、アマルダは声にならない声を漏らす。

 ああ――――どうして。






 どうして、私が裁かれなければならないのだろう?


 ――私、なにも悪いことなんてしていないのに。


 悪いのはすべて、アマルダを騙して偽の『グランヴェリテ』の聖女にした人たちのはずなのに。

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